お知らせ

160424*青木繁「海の幸」記念館オープニングセレモニー

2016年4月24日(日)館山市立富崎小学校で、

青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅のオープニングセレモニーが開催されました。

小谷家住宅修復基金にご尽力いただいたNPO法人青木繁「海の幸」会理事長として、

ノーベル賞受賞された大村智先生はもご多用のなかご来場いただき、

250名の参加者とともに盛大に慶びを分かち合いました。

11時からの式典では、小谷家でテープカット・記念植樹をし、

小学校の祝賀会では、

「海の幸」のヒントとなったといわれる布良崎神社のお神輿や、相浜神社の囃子

安房節保存会の踊りなど、大変盛り上がりました。

4月29日から5月8日までは特別公開とし、その後は土日のみの公開となります。

入館料(維持協力金)200円ですが、

友の会(年会費2,000円)会員は、入館無料です。

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【読売】160308*青木繁名画構想の絵地図

青木繁名画構想の絵地図

NPOが特定、館山・小谷家周辺描く

(読売新聞2016.3.8付)‥⇒印刷用PDF


明治の洋画家・青木繁(1882〜1911年)が、館山市布良の小谷家周辺をスケッチし、絵地図に残していたことが、NPO法人安房文化遺産フォーラム(館山市)の調査で分かった。海の女神を描いた青木の代表作「わだつみのいろこの宮」のベースになったとみられている。

絵地図は縦23センチ、横14.5センチの小型スケッチ帳の1枚。住居や雑木林、道路などが描かれ、上部に地図の主題らしい不鮮明な漢字が書かれている。

愛知県の収集家が、青木のスケッチ帳から見つけ、一昨年11月、描いた場所の特定を小谷家当主の小谷福哲さん(65)に依頼。小谷さん所属の同NPOが、絵地図の写真を元に調べた結果、①種台前半は海の神「大海祇命(おおわだつみのみこと)」とも読め、後半が「小谷氏邸」と読み取れる②住居部分が安房地方の漁家に多い分棟型。小谷家住宅も、かつては分棟型だった③明治期の古地図(陸軍迅速図など)と地形やメイン道路が一致する—ことなどから小谷家周辺の絵地図と結論づけた。

分析の中心となった同NPOの愛沢伸雄代表(64)は「青木は神話に関心が強く、神話世界の絵画化を考えていた」とした上で、「小谷家南側には、かつて厳島神社があった。滞在中に当主から地元の神話や海の伝承を聞き、地図を描くことから構想を始め、完成したのが『わだつみのいろこの宮』だと思う」と語る。青木のスケッチやデッサンには、展示会場の見取り図などもあり、記録、作品構想の取っかかりに書き残す習慣があったようだ。

絵地図を所ずしていた愛知県岡崎市の収集家、藤井純一さんは昨年3月に死去し、現在は藤井さんの知人が個人所有している。小谷家住宅は修復工事が終わり、4月から公開される予定で、小谷さんは「絵地図は作品の原点として展示物に加えたい。藤井さんの遺族、現所有者の了解も取り付けた」と話している。


*青木繁

東京美術学校(現東京芸大)を卒業した1904年(明治37年)夏、館山市布良に旅し、漁家の小谷家に40日間滞在、代表作「海の幸」(国重要文化財)を描いた。滞在中に構想し、後年発表されたもうひとつの代表作が「わだつみのいろこの宮」(同)。

ブロンズ「刻画・海の幸」

青木繁「海の幸」記念館
ブロンズ『刻画・海の幸』が設置されています。

・制作者は、館山市在住の彫刻家・船田正廣氏。
・寄贈者は、秀林文化財団の河正雄(ハ・ジョンウン)氏。
・ブロンズ鋳造は岡宮美術様、「クラーク像」の鋳造者。
・台座制作は俵石材店様。ご先祖の俵光石は東京美術学校で彫刻の教師だったとのこと。

▼ 設置場所

青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅

青木繁旧居(福岡県久留米市)

*韓国光州市立美術館

*韓国霊巌郡立河正雄美術館

*韓国ソウル秀林アートセンター

河 正雄氏メッセージ:【善盡美盡】ハングル「四面石塔」と青木繁「海の幸」

青木繁「海の幸」誕生の家:会報№8=2016.2.16

印刷用PDF

・小谷家住宅、いよいよ竣工!

・公開行事

‥一般公開は4月29日(祝)から

・3月13日(日)臨時総会および見学会

・ブロンズ像「刻画・海の幸」船田正廣氏制作

‥河正雄氏より日韓5ヶ所に寄贈

・複製画「海の幸」「わだつみのいろこの宮」複製画

・NPO青木繁「海の幸」会・大村智理事長、ノーベル賞受賞

・千葉県文化財保護協会より功労者受賞

・青木繁旧居保存会・荒木康博会長が来訪

・小谷家住宅の保存に関わる基金と活動の報告



【統一日報】160210*日本洋画の傑作「海の幸」レリーフが韓国に

日本洋画の傑作「海の幸」レリーフが韓国に

河正雄氏「韓日美術交流の発展を」

(統一日報2016.2.10付)‥⇒印刷用PDF


韓国・光州市立美術館名誉館長の河正雄さんは、韓国美術交流促進のため、明治の洋画家、青木繁の代表作「海の幸」のブロンズのレリーフを両国にそれぞれ寄贈した。

韓国の寄贈先は、光州市立美術館、霊岩郡立河正雄美術館、ソウル秀林アートセンター。日本の寄贈先は、青木繁が「海の幸」を描いた場所、千葉県館山市内にある小谷家住宅と、福岡県久留米市にある青木繁旧邸の2カ所となっている。

レリーフの原型となる塑像を、彫刻家の船田正廣さんが作成。河さんが資金面などでサポートし、幅約1メートル80センチ、高さ72センチの原寸大のブロンズを完成させた。

【房日寄稿】160101*大村智「地域の貴重な文化遺産」

寄稿「地域の貴重な文化遺産」

NPO法人青木繁「海の幸」会・理事長:大村智

(房日新聞2016.1.1付)

 

平成21年春、明治期の洋画家、青木繁を敬慕する画家の皆さんが設立準備をすすめていた「青木繁『海の幸』会」理事長への就任要請をいただきました。

日本美術界に多大な足跡を残された夭折の画家、青木繁の「その短い生涯に燃焼しつくした浪漫溢れる世界に接して画家になる動機を得たという方が多くおられた」と聞いていたことから、私は単身、館山市布良の小谷家を訪れ、小谷家の皆さんと話をして事業の必要性を認識し、皆さんの熱意に動かされ、少しでも力になれればと理事長就任のお話をお受けしました。

若き学生たちが滞在した小谷家の一室に佇んだとき、青木繁、福田たね、坂本繁二郎、森田恒友らの青春群像が建ち現れてくるような思いにかられたことを昨日のことのように思い出します。

平成22年1月、NPO法人の認可を受けた「青木繁『海の幸』会」が正式に創立され、「小谷家の修復、保存とその公開」を目標に置き、まずは全ての事業を遂行するために資金を集めることにとりかかりました。

平成23年3月の大震災により一時中断を余儀なくされましたが、全国の多くの方からこの活動への深い御理解と熱い御支援を賜り、おかげさまで寄付の目標もあと一息というところまで来ています。

小谷家の修復工事は順調に進み、この4月に無事公開に至れば、私どもの会としての初期の目的は達成できることになり、後は強い熱意をお持ちの地元の皆さんにバトンをお渡しすることになります。

修復を終えた青木繁「海の幸」誕生の家を地域の貴重な文化遺産として、後世に残していくことを切に希望するとともに、多くの皆様に、今から110年も前の日本近代洋画の原点が芽生えた地である小谷家を訪れていただき、当時の人々に思いを馳せ、多くの感動を味わっていただけますことを、心から願っております。

(北里大学特別名誉教授)