平和学習の糸口≪ユネスコ精神を平和学習に≫

●“平和・交流・共生”の地・南房総から平和を考える●

≪平和学習の糸口〜ユネスコ精神を平和学習に≫

 

ユネスコは、第二次世界大戦の反省を踏まえ、国際理解教育の名で世界平和のための教育を立ち上げた。その基礎になったのがユネスコ憲章で、その前文には「戦争は人の心の中で生まれるものだから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」と記載されている。

国連は1986年を「国際平和年」にするとともに、ユネスコは国際平和会議を開催して、人間こそが平和をつくっていく主人公ととらえ、人間に対する限りない信頼と希望を宣言した。89年、「人の心の中の平和に関する国際会議」において、初めて「平和の文化」という概念が使用され、あらためてユネスコ憲章精神が見直された。95年のユネスコ総会では「平和、人権、民主主義のための教育宣言」を採択し、97年国連総会決議によって、2000年を「平和の文化・国際年」と定め、翌01年から10年間を「世界の子どもたちのための平和と非暴力の10年」と決議した。

「平和の文化」理念は、平和へのアプローチを人間中心において、「平和の砦」を築いた人間に平和の創造を期待している。そして、生命の尊厳や人権尊重を基盤にした「平和の砦」を自らの心に築いた人間同士が連帯し合うことを求めている。国連総会が「平和の文化に関する宣言」を採択した際に、ユネスコでは世界に向けて「平和の文化」を築いていくとは、一人ひとりにどんなことを願っているかを「わたしの平和宣言」で示した。

① わたしはすべてのいのちを尊敬します、
② わたしは暴力を拒否します/使いません/許しません/なくします、
③ わたしはみんなと分かち合います、
④ わたしはわかるまで耳を傾けます
⑤ わたしは地球環境を守ります、
⑥ わたしは連帯を再発見します/再構築します。

人権や民主主義を世界平和のキーワードとするユネスコ憲章の理念が生きた「平和の文化」社会の実現、つまり一人ひとりの心に「わたしの平和宣言」を築いていくための平和学習がどうあればよいか。

21世紀に入っても、世界を見ると貧困・飢餓をはじめ、経済的格差の増大や地球環境の悪化、そして人口問題などが深刻化している。さまざまな課題が地球的規模となり、世界の人びとが協働していかなければ、一国だけでは解決できない時代となった。国家間に戦争がない状態が平和であるとの認識から、地球的規模の問題が解決されていくことなしには、結局、真の平和はないという認識が共有されるようになった。貧困・飢餓や環境の悪化、人権侵害・抑圧など、人間が人間らしく生きることを妨げている社会構造を多角的に分析することで、さまざまな紛争や戦争の原因を探ることができる。同時に争いの火種は除去できるし、課題の解決への展望があることを示してきた。その希望を子どもたちに伝えていく役割が平和学習にある。

一人ひとりの日々の暮らしや生き方に、地球的規模の課題を解決していく核心があり、「平和の文化」を築いくいく基盤がある。「わたしの平和宣言」にある平和や人権を尊重する考え方や行動は、人間としてあたりまえのことであり、地域に生きてきた先人たちも願ってきたことである。自分が生きる地域に「平和の文化」の痕跡を見いだし、その歴史的な素材を活用した平和学習のあり方を探ってみたい。

これまでの平和学習では、戦争の悲惨さを教えるために教材に工夫を加えたり、戦時中の遺品収集や戦争体験の伝承を取り上げてきた。それらのことは、戦争体験の継承を通して戦争の悲惨さを学び、平和の大切さを発信する人を育てていくうえで、大きな役割を果たしてきた。ただ「戦後60年」が過ぎ、戦争体験の継承という点で地域に住む体験者から「生きた証言」を聞く機会がなくなり、これまでの学習のあり方を検討する時期になった。