●脳裏に描く戦時の情景
〜千葉の高校生が館山の戦跡見学
(房日2005.5.31)
●脳裏に描く戦時の情景
〜千葉の高校生が館山の戦跡見学
(房日2005.5.31)
5月28日は大変お世話になり、ありがとうございました。
貴重なお話や「逆さ日本地図」は、本当にそのとおりですね。
今の日本の人たちは「戦争の事実」を殆ど知らされていません。
戦争をねじ曲げようとする力に負けないよう、
ひとりでも多くの方々にNPOの皆さんのお話や
「房総の戦跡」を見学してもらい真実を知ってほしい。
そしてこれを機会に一人でも多くの方々に
「憲法九条」の大切さを知ってもらいたいですね。
私達もNPOのお2人のお話を伝えていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
そこに住むからこそ伝えられる
地域の魅力や歴史の重み
(サンケイリビング2005.5.21付)
校外学習大変お世話になりました。
天気や渋滞など全て良い方に恵まれ、帰りも1時間ほど早く無事に学校に到着することができました。
先週1週間は、館山校外学習のまとめとして、感想を書いたり、壁新聞を作ったり、
現像された写真をお互いに見せ合ったりと忙しい1週間でした。
生徒や、引率された先生方からも、充分な満足感と良い感想ばかり聞こえてきます。
担当としてもとても嬉しく感じています。生徒たちを指導してくださった皆様にもよろしくお伝え下さい。
【無人島コース】
・うみがめ先生やなまこ先生が質問することになんでもすぐ答えてくれていろいろなことを知ることが出来た。
・時間がゆったり過ぎていくような気がした。
・館山の海や山の自然がとてもきれいだった。
【干物作り】
・思っていたよりずっと楽しかった.
・(翌日)干物がとてもおいしかったとの感想でした。
・きれいに包装された、12匹もの鯵の干物のお土産はとても良かったです。
・(先生方からは、お土産を見てこのコースが一番良かったと羨ましがる声も多数有りました。(笑)
【戦跡めぐり】
・日本の歴史が少しわかったような気がした。
・あんなに大きな地下壕を短時間で手だけでほったのはすごいとおもった。
・せんそうのつらさや大変さが少しわかったような気がした。
・(一番地味な内容なので、生徒の声が心配でしたが、生徒なりに感動し平和学習が出来たようです。
・はじめに説明してくださった方の資料や話し方が、とてもわかりやすかったといっていました。
【砂山すべり】
・引率した先生は、体力には自信のある体育教師と、学年の中で若い男性教師だったのですが、「本当に疲れましたよ」と言って帰ってきました。けれども、さすが中学生、生徒からは、疲れたという声はなく、おもしろかった。楽しかったと言う声ばかりでした。
北条海岸での自由時間も、時間は短かったのですが、砂浜で遊んだり、ビーチバレーをしたり、足だけ海に入って楽しんだりと生徒には好評でした。
本当に良い校外学習を有難う御座いました。(五十嵐先生)

(日本経済新聞・文化欄 2005.5.11付)
NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム
理事長:愛沢伸雄
合唱組曲「ウミホタル」初演へ合唱団結成
70人参加し結団式 9月3日成果披露
(房日新聞 2005.4.12.)
館山湾のウミホタルと平和をテーマにつくられた合唱組曲「ウミホタル~コスモスブルーは平和の色~」の館山での初演を目指し9日、同市八幡のたてやま夕日海岸ホテルで、結団式と最初の合唱練習が行われた。
同組曲はウミホタルの神秘的な光と、戦時中に軍事用として採取された史実を知った東京都内に住む元教師の大門高子さんが作詞、ミュージカルなど数々の作曲を手掛けている名古屋市在住の藤村記一郎さんが作曲した。序章から第6章まであり、番外編もつくられ、9月3日に県南総文化ホールで初演のステージに立つ。
NPO南房総文化財・戦跡保存活用フォーラムの働きかけで元高校教師の船田正廣さんを委員長に初演実行委員会を組織し、一般から団員を募るなどして準備をすすめてきた。
この日の結団式には子供も含め約70人が参加。大門さんと藤村さんも訪れた。
結団式では、同フォーラムの愛沢伸雄理事長、船田実行委員長らがあいさつ。配られた楽譜を手に早速練習に入り、藤村さんらの指導でパートごとに分かれての練習などが午後4時ごろまで行われた。このあと、8月28日まで同ホテルや、文化ホールで13回にわたって練習する予定で、団員の参加もまだ受け付けるという。
戦跡めぐりの案内ありがとうございました。
「貴重な体験をし大変良かったと」いうのがみんなの感想でした。
参加者の富沢さんは足が悪かったですが、
友人(故人)が赤山地下壕で(通信の関係)働いていたことがあり、
ぜひ友人の供養も含め無理をして参加しました。
本人から足が悪いのに、案内役の鈴木さん(女性)に車に乗せていただき大変おせわになった。
また、袖ヶ浦高校の先生も参加しました。
こんど生徒を連れて平和学習に参加したいと連絡がありました。
また、そのときはよろしくお願いいたします。皆様のご活躍を期待します。
地震シンポジウムin 南房総
-地震・津波を乗り越えてきた過去から学ぶー
【日時】2005年3月27日(日)13:30〜16:30
【会場】城西国際大学・安房ラーニングセンター(鴨川市太海)
【参加費】無料 (資料代500円)
【内容】
房総半島は過去に何度も、地震・津波の被害をうけています。 昨年の新潟地震やスマトラ地震と津波はその過去のできごとを、一挙に現実化させました。新潟で何があったのか? バンダ・アチェの被害はどういうものなのか? 過去の津波の到達地点はどのあたりまでなのか? 産廃処分場は大丈夫なのか?現在の行政がもつハザードマップも踏まえ、この地で生きていくことの意味・リスクを考えます。
【話題提供】
(1)新潟中越地震・被災の様子:スライド(写真家 飯田裕子)
(2)バンダ・アチェからの津波被害報告(サーフショップOcean Zone 佐藤 明)
(3)安房の災害の歴史:(千葉県立安房博物館館長 天野努)
【パネルディスカッション】
○パネリスト
・天野努(安房博物館館長)
・高橋直樹(千葉県立中央博物館 上席研究員)
・上田真寿夫(SFJ、鴨川海づくり会議)
・愛沢伸雄(NPO南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム理事長)
○コーディネイタ-:池田恵美子(同・事務局長)
【主催】NPO南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム
【共催】千葉県立安房博物館、安房地域文化史研究会
「館山の戦争遺跡を訪ねて」・平和・交流・共生の地域づくり
四街道市ユネスコ協会主催による第4回研修旅行が、2005年3月17日、市のバスをお借りして会員と市民40名が南房総の館山市(51321人)を訪ねました。
この地は昭和5年(1930)から日本海軍の航空基地が置かれ、重要な根拠地として栄えました。それは陸軍最大の根拠地が、かつて四街道にあったことを思えば、今回の研修旅行はその重要な2点を結ぶ糸口になると思います。先ず県立安房博物館でNPO法人「南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム」理事長、千葉県立安房高校 教諭 愛沢伸雄氏の挨拶につづいて、館山の戦争遺跡に関する地図を示しながら、分かりやすく話してくださいました。
午後は小雨降る中、赤山地下壕跡をバスで訪れました。黄色いヘルメットを被りトンネルに入りました。内部は太陽光発電を利用した灯りがついています、我々が見学した地下壕トンネルは250メートルほどですが全体の長さは1,6キロメートルに及ぶほどです。壕内の床には発電機を取り付けた金具がのこっているだけです。でもそこで、戦時中に多くの兵士が飛行機の整備や病人の看護に当たっていたそうです。私たちはよくもこんな暗く狭い所で、空襲におびえながら働いていた兵士たちを気のどくになってきました。この地下壕は沖縄戦の犠牲になった、ひめゆり部隊の悲劇を描いた「ひめゆりの塔」という映画を撮影する際、その舞台になったそうです。それを聞いた時あらためて洞窟の暗い雰囲気に圧倒される思いでした。
そしてバスで少し移動してゼロ戦の機銃の試射場跡を見学しました、今でもその周囲から機銃弾が見つかるそうです。コンクリート製の壁にはいくつもの深い弾痕が残っていました。
畑のすみに蜂蜜の養殖箱が沢山ありました。そのつぎは昭和20年9月3日アメリカ陸軍の兵士3500名が上陸した海岸を訪れました。その場所はかつて海軍飛行艇の基地であった所とのことでした。60年たった今でもコンクリート製のゆるいスロープが残り、表面には濃い緑色の海草に覆われていました。上陸地から数キロ北方に見える大房岬の山なみが、アメリカ兵の背後に映っていたので上陸地点が特定できたのだと、愛沢先生が詳しく説明してくれました。本当に愛沢先生の努力には頭がさがります。先生は四街道の戦争遺跡を訪ねたそうです。
そこで陸の要塞都市である四街道の話におよびました。愛沢先生は是非四街道ユネスコと提携して戦争遺跡の調査を完成させたいそうです。四街道市ユネスコのみなさんのご協力を頂きたいと言っていました。私は今年終戦60周年に当たり今後益々館山市と協同して戦争遺跡の調査を、体験者が元気でいる今こそ、細かく調べていく必要があると痛感した次第です。
愛沢先生は定年を待たずに3月で退職、これからはNPO活動を通して、子どもたちに平和を伝える運動を進めていく覚悟であると話していました。その原動力はユネスコです。心の中に「平和のとりでを作ること」が第一に上げられます。学校に十分伝わっていないので、これからユネスコを一生懸命に勉強して、平和をどう作り上げていくか、1人ひとりが深く考え、先人の智恵を伝えていくことが重要であると思います。例えば花作りの人は花を守り、地域の今あるものを保存しよう。このことが今求められているのです。先生は力強く話されました。
今まで館山は、祖父母に会いに行くついでの観光地といったぐらいにしか意識をしていませんでしたが、地理的な理由から主要な軍事施設が置かれ、たくさんの人が戦争で辛い経験をしたことを知り、また今でも残っている掩体壕や地下壕を見学でき、当時の様子を垣間見ることができ、「戦争」を今までよりも身近に感じることができました。多くの参加者の方々が口にされていた「戦争をやってはいけない」という理由をまた深く考え直して、さらに戦争について学習していきたいと思います。
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ぜひ見たいと思っていた館山の戦跡を見ることができ、ありがとうございました。すでに60年もすぎてしまいましたが、戦争の時代に生きた者として、戦争の実態の一部でも自分の目で見たいものだと思い続けてきました。それを伝えなければと思います。
数年前、文化庁が戦跡の指定をするための調査を始めました。何て遅いのだろうと、その時思ったのです。敗戦としう歴史上、大事にせねばならない事実を今後のために、活かしていかなくてはと思うからです。事実を知っている人達は、どんどん亡くなっています。館山の動きは、ほんとうに貴重なものでした。NPOの方々に敬意と感謝の意を表したいと思います。君津市では公民館の方々が、ほんとうによく取り組まれています。ありがたいです!!またの機会、市としての動き…どうしましょう。
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戦争遺跡を自分の足で確かめ、平和の尊さを学んだ貴重な一日でした。
「戦争遺跡は戦争の無意味さを語ってくれる生き証人」とNPO法人の愛沢伸雄理事長がおっしゃっていますが、全く同感です。二度とこのような施設を造らない、必要としない時代が続いて欲しいと願って止みません。
10年以上に亘って館山の戦争遺跡を調査研究、そして保存・活用の運動に携わり、NPO法人を立ち上げ、100人近くの会員ガイドのリーダーをつとめる愛沢伸雄さんのご努力に心から敬意を表します。また、懇切丁寧な講義の池田恵美子さん、雨の中の現地ガイドの河野さん、君塚さん、愛沢彰子さん、お世話になり、ありがとうございました。 〜中村泰補様〜
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雨の戦跡めぐりとなったが、予定どおり見学できて良かったと思う。やはり解説つきで現地を見ることによって、不可解な建造物のナゾが解けた。戦争は実に多くのタブーを生むが、重い蓋をこじ開けるのには大変な努力を要するし、時が遅すぎるのも多いことが分かった。最後が慰安婦問題で閉じられ、戦争から課題をつきつたられた思いがする。
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この機会を逃すと、いつ戦跡を訪れることができるかわからなかったので参加しました。戦跡もさることながら、従軍慰安婦の証言はやはりショックでした。人間を狂気に駆り立てる戦争は絶対にやってはいけないし、このおろかしい過去は全部さらけ出して、反省すべきだと思います。事実はきちんと若い人たちに伝え戦争反対を訴えていきたい。
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県内に、しかも館山だけでもあんなにたくさんの戦跡があるということを初めて知りました。戦争を知らない世代の子どもで、正直あまり現実のものという感じが今までなかったのですが、自分の目で見ることにより、悲惨な歴史が現実のものとなりました。
今も安心して眠ることのできない国が世界中にあります。〝歴史は繰り返される〟といいますが、決して繰り返してはならない歴史もあるのだということを忘れずにいたいと思います。貴重な体験の機会をありがとうございました。
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戦争中の思い出がよみがえり、非常になつかしかった。殊に今回は現地のガイドさんが熱心に説明して下さったのが判り易く良かったと思う。よき勉強になった。
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いろいろとお世話になりました。館山の戦争遺跡に関した跡を見学し、係員の方々が良く説明してくれて良かったです。後世の若い人達に戦争の悲惨さを伝えてゆきたいと強く感じました。ありがとうございました。
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子供に、戦争をすることのむなしさを伝えたい。二度と戦争をしてはならない!!
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千葉県に軍事施設が多いのが、地図の向き(視点)を変えて判ったような気がした。国どうしのけんか(戦争)は、人間どうしのけんかが無くならないかぎり、無くならないような気がする。まだまだ自分の行動が、なにができるのか分からないが、子供の時代には無くしたいものだ!