山村暮鳥

●山村暮鳥 / 1884(明治17)〜1924年(大正13)


伝道師のかたわら、室生犀星・萩原朔太郎らとともに文学運動を展開。結核になり、妻方の親戚を頼って家族とともに、1918(大正7)年12月から半年間、北条南町に住む。療養滞在中、自己を自然に預ける超俗の精神に辿り着く。友人への書簡に次のような記述がある。「北条は肺病の巣です。よく柩や釣台にあひます。…苦痛はまだ自分をすてず、それによってますます神の愛を知り、人間として強くなるのを感じます。…北条は人気はいい、純です。けれど物価は東京標準、正に水戸以上です。…」