池貝庄太郎
● 池貝庄太郎(いけがい・しょうたろう)
1869(明治2)〜1934(昭和9)
「工作機械の発明王」
鋸南町下佐久間生まれの池貝庄太郎は、横浜の西村機械製作所で旋盤工として腕をあげ、その後芝浦製作所(現東芝)で技術を磨いた。20才のとき、12歳の弟ら4人で東京に池貝鐵工所を創業。小さな町工場で発明された「池貝一号旋盤」は極めて信頼性が高く、昭和初期まで全国の民間工場で使用された。その後、国産石油エンジンや池貝式セミディーゼル機関、ガソリン石油機関の開発に成功、東京高等工業学校教授にも招請されている。同社は100以上の工作機械の特許を取得し、日本の機械工業界のなかで大きく貢献した。
ところで1943(昭和18)年に館山の八幡海岸(現在のイオンの地)に軍需工場として池貝鐵工所館山工場が稼動したが終戦となった。戦後の混乱期のなかで館山工場は分離独立して、1947(昭和22)年には池貝館山製作所となり、その後、㈱館山製作所と改称して、1956(昭和31)年には富士ディーゼル㈱となった。富士ディーゼル㈱は船舶や発電機関係のディーゼルエンジンの中堅トップメーカーとして、国内外に販路を拡げ、最盛期には1200名を超える従業員が働いていた。しかし水産業の不振や長期構造不況のなか、1990(平成2)年に解散している。
…◎『館山まるごと博物館』より抜粋…