万石騒動安房三義民300年祭実行委員会(300回忌)

【主催】:万石騒動安房三義民300年祭実行委員会

【期日】:平成22年11月20日(土)

【サイト】:blog義のこころを語り継ごう


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同委員会副委員長=愛沢伸雄

(構成団体:NPO法人安房文化遺産フォーラム代表)


江戸幕府の正史である『徳川実紀』には、正徳2年7月の「二十一日・・・・。此日安房国北条領主屋代越中守忠位封地一万石を収公せられ、逼塞を命ぜらる。・・・・・これ所領の民どもうたへ出しにより案問せられしに、去秋家人川井藤左衛門といへるをして封地を巡行せしめしに、賦税を過分に取りたてたるをもて、農民なげき忠位がもとにうたへ出ければ、忠位いさゝか免許の沙汰しけれど、其実は猶藤左衛門に任せ置しにより、民の憤り散ぜず、猶うたへしてやまざりしかば、里正三人を死刑に処しぬ。」と記載されている。

この「賦税を過分にとりたて」たことによっておこった農民一揆は「万石騒動」と呼ばれ、当時幕府に大きな衝撃を与えた出来事であった。幕府が藩主を改易にまで追い込んだ農民一揆は、寛永14(1637)年の天草島原の乱と宝暦4(1754)年の郡上一揆、そして正徳元(1710)年の万石騒動の3つで、江戸時代の代表的な農民一揆といわれてきた。

万石騒動は、安房国の北条など27ヵ村の領地約1万石を支配していた屋代越中守忠位のときに勃発した。その背景は、元禄16(1703)年に元禄大地震がおこったことで、館山平野の河川や用水路などに被害を受けましたことにあった。北条藩は、災害復旧にむけて財政を立て直そうと、米の増収を図るために灌漑用水を開削するなど土地を修復につとめた。その復興事業のなかで農民たちに無償労役を課しただけでなく、例年の2倍の年貢を命じて農民たちへ一方的な負担を強いていったのが、上席家老相談役川井藤左衛門であった。

「賦税を過分にとりたて」に反発した数百名もの農民たちは江戸の屋代家へ押しかけ、門訴をするとともに老中への駕篭訴という強行策をとった。ちょうどその頃、江戸には将軍継承を慶賀する朝鮮通信使が来ており、その機会を利用しての命がけの抗議行動をとったのであった。その経緯のなかで湊村角左衛門、国分村長次郎、薗村五左衛門の名主3名が処刑されるという犠牲を払ったが、川井らは死罪処分になり、屋代家も改易され農民側の勝訴となったのであった。3名の犠牲者やその他追放処分を受けた農民を出しながらも、農民たちは言論や文書による非暴力でのたたかいではあっても、農民たちの要求は通ったのであった。この平和的で犠牲的な精神によってのたたかいを末永く語り継いでいくため、農民たちは「三義民」と讃え、国分寺に供養塔を建立したのであった。

以来、三義民命日祭法要(11月26日)は、1回忌から33回忌までは通常の法要が執行され、宝暦11(1761)年に51回忌、文化7(1810)年に100回忌、万延元(1860)年に150回忌、明治43(1910)年に200回忌がおこなわれ、この200回忌では「毎夜の燈火今に至りて絶ゆることなし。明治四十三年は恰も二百回忌に相当するを以て、有志相議し、三氏の為に記念碑を建設し、事績を不朽に伝えんとし、二十余ヶ月を経て完成せり。国分寺前に一大巨碑の建立せるは即是なり。」(『千葉県安房郡誌』1926年)と記録され、「毎夜の燈火」が絶えることなくおこなわれていたという。そして、昭和35(1960)年に250回忌が挙行され、平成22(2010)年が300回忌の年になったのである。

長い歴史のなかで、近年、三義民たちへの意識が薄れていく現状にあるが、地元館山市立館野小学校の校歌には、「義人のいでしところなり」とあり、法要に参加した子どもたちは「三義民とは何か、義の心とは何か」の話を聞き、地域の歴史に関心をもったと感想を述べている。

私たち地域に生きるものたちは、実行委員会を結成して、平成22(2010)年11月20日に万石騒動安房三義民300年祭法要(300回忌)をおこなうことにした。NPO法人安房文化遺産フォーラムでは、実行委員会の趣旨に賛同して構成団体となり、愛沢伸雄NPO代表は実行委員会副委員長、池田事務局長は監事に選出された。

ところで、関東大震災後の大変な時期であった大正14(1925)年には「三義民殉難之跡碑」が国分村の人びとが中心となって建立されているが、この「殉難」という文字から、当時97%が倒壊した館野村での大震災での被害、亡くなった人びとは50名といわれ、その人びとの命とも重なって、犠牲的な精神をもって生きていた人びと、精神的な魂への祈りに向き合っていた人びとの思いが浮かび上がってくるのである。そこには「正義」という「義」の心であり、命をかけて農民たちが苦しい暮らしを守ろうと27ヵ村の名主と農民たちが一緒になって、強い信頼と固い団結のもとで「誓詞」を交わした精神を感じる。暴力ではなく言葉や文書で苦しい現状を訴え続ける先人たちの平和的でヒュマニティーある行為は、今日の私たちの誇りであり、語り継いでいく姿ではないだろうか。

万石騒動安房三義民300年祭実行委員会では、この300回忌を記念して刑場跡地に義民としての遺徳を顕彰し、末永く後世に伝えることを目的にした石碑を建立することにした。この実行委員会の構成団体であるNPO法人安房文化遺産フォーラムは、地域の人びととともに、この事業の成功のために協働して取り組んでいきたい。

(平成21年7月吉日)



●万石騒動安房三義民300回忌法要及び300年祭記念式典●

今を去る300年前、安房国北条藩27か村の農民達が過酷な労役と年貢に対し、生きるため命をかけて決起した万石騒動がありました。年貢減免の嘆願運動は農民側の勝訴となりましたが、正徳元年(1711)11月26日、3名の名主が処刑されてしまいました。


実行委員会は、郷土の誇る農民達の団結力と精神を「義のこころ」とし、これを後世に伝え、永遠に顕彰するため、三名主の300回忌にあたる平成22年に「万石騒動安房三義民300年祭」を開催するため準備を進めてまいりましたが、来る平成22年11月20日(土)に、三義民300回忌法要及び300年祭記念式典を開催する運びとなりました。


300年祭事業として、記念碑「義の伝承碑」の建立、記念誌の作成等を行いますが、万石騒動関係者を始め多くの方がその趣旨に賛同され、目標を大きく上回る募金が寄せられました。記念碑建立工事も終わり、周辺整備工事を進めています。300回法要、記念式典準備及び記念誌作成についても実行委員会各作業部会においてすすめられています。


◇三義民300回忌法要及び記念碑除幕式

日 時 平成22年11月20日(土) 午前9時00分〜11時00分

場 所 館山市国分 三義民刑場跡地


式次第

1.開式のことば

2.主催者挨拶

3.来賓挨拶

4.来賓紹介

5.三義民ご子孫紹介

6.法要

7.記念碑「義の伝承碑」除幕式

8.参列者焼香

9.閉式のことば


◇300年祭記念式典

日 時 平成22年11月20日(土) 午後1時00分〜3時30分

会 場 館山市山本 館山市立館野小学校 体育館


式次第

1.開式のことば

2.主催者挨拶

3.来賓挨拶

4.来賓紹介

5.三義民ご子孫紹介

6.事業報告

7.基調講演 館山市教育委員会生涯学習課主任学芸員 岡田晃司氏

8.アトラクション

児童発表 館山市立館野小学校6年生

館山市立九重小学校6年生

語り部講演 語り部「槇の会」

構成吟 館山市詩吟連盟

9.閉式のことば