ウガンダの孤児支援
車買い替え協力求む
安房の高校卒業生ら
(読売新聞2017.8.17付)
内戦やエイズで親を亡くしたアフリカ・ウガンダの孤児を支援している安房地域の高校の卒業生グループが、現地の民間活動団体(NGO)が孤児らの送迎や物資の搬送に使っていた車両を買い替える活動に取り組んでいる。
支援は、農業研修で来日したウガンダ人男性が、館山市で孤児の窮状を訴えたことを契機に、1994年に当時の安房南高校生徒会がスタート。南高が安房高に統合された後も続き、さらに安房西高へとバトンがつながれ、バザー収益金などから毎年10万〜20万円を送金して23年になる。
こうした中、1台しかないNGOの車両が夜道で牛と衝突して動かなくなり、買い替えの緊急支援を求めてきた。高額のため、今回は卒業生でつくるグループ「ひかりの」が、120万円を目標にしたクラウドファンディングを今月21日から10月末まで行うことにした。問い合わせはNPO法人安房文化遺産フォーラム内の「ひかりの」。
0470-22-8271
awabunka@awa.or.jp
⇒詳細はこちら。
海軍の特攻艇「震洋」館山の基地などを紹介
あすNHKが
(房日新聞2017.8.15付)
NHK総合テレビで毎朝放送している「おはよう日本」であす8月16日、館山市波左間にあった旧海軍の特攻艇「震洋」特攻基地跡などを追った、第1特攻戦隊第18突撃隊第59震洋隊についての特集が放映される。
戦争遺跡などについて調査研究している、NPO法人安房文化遺産フォーラム事務局長の池田恵美子さんがナビゲーター役として、「同所の「震洋」基地跡や赤山地下壕などを案内。新たな事実や関係者の証言なども紹介される。
放送は午前7時過ぎから。
※緊急の社会的事件が起きたときは放送延期の場合もある。
戦跡薄れる記憶
海の墓標は特攻艇「震洋」か
NHK「おはよう日本」2017.8.16放送
⇒NHKオンライン「戦跡 薄れる記憶」
【参考】
⇒ 震洋波左間基地
⇒ 読売新聞千葉版2017.8.22付
⇒朝日新聞千葉版2017.8.24付
特攻というと、「神風特攻隊」や「人間魚雷」の存在が思い浮かびますが、ボートに爆薬を積んで体当たり攻撃を行った「震洋」の存在を知っている人は多くはないのではないでしょうか。その震洋らしき船の残骸が房総半島沖の海中で見つかったと聞き、取材を開始しました。
(映像取材部:小出悠希乃)
▽「自殺ボート」と呼ばれた
「太平洋を震撼させる」という意味をこめて名付けられた「震洋」は、太平洋戦争末期に海軍が開発した特攻兵器です。5メートルほどのモーターボートで、250キロの爆薬を積んで敵艦に体当たり攻撃をする作戦でした。
ベニヤ板を貼り合わせた船体は、戦局が悪化し、物資が不足する中でも量産が可能でした。6000艇あまりが建造され、本土防衛のために広く配備されていました。しかし、訓練中に船体に穴が開いて沈没したり、出撃しても、敵艦にたどりつかなかったりして、数多くの命が、戦わずして失われました。米軍からは「Suicide Boat(自殺ボート)とも呼ばれていた震洋の犠牲者は、2500人以上にのぼります。大海に浮かぶ木の葉のようなボートで体当たりを果たす無謀な作戦が行われていたのです。
▽水深30メートルに沈む残骸は?
「震洋が見つかった!」6月下旬、千葉県館山市にあるダイビングショップから連絡がありました。連絡をくれたのは、地元の海に詳しいダイビングガイドの荒川寛幸さんです。
定置網のメンテナンス作業を行っていた際に発見した残骸が、震洋ではないかと言うのです。さっそく現場に潜ってみることにしました。
早い潮の流れを感じながら水深30メートルの海底を目指すと、見えてきたのは、3メートルほどの岩のような塊です。表面は、さまざまな生き物に覆われ、その上に泥が積もっています。
合計8回の潜水を行って丁寧に観察していくと、それがエンジンや爆薬が入っていた容器とみられることがわかってきました。
さらに砂の中からスクリューも見つかりました。残骸が間違いなく船のものであることは分かりましたが、それが「震洋」のものだという確証は得られない中、取材を進めました。
▽館山市にあった震洋の部隊
船の残骸が見つかった場所から1キロほど離れた館山市の波左間漁港は、夏は多くの海水浴客でにぎわいます。
この場所に、かつて「震洋」の部隊が配属されていました。隊員数176人からなる「第59震洋隊」の役割は、東京湾の入口で首都を防衛することでした。しかし部隊は出撃のないまま終戦を迎え、第59震洋隊はその任を終えました。隊員たちは、どのような思いで出撃を待っていたのか。それを知るために元隊員を探しましたが、極秘扱いだった震洋は、部隊の記録もほとんど残されていません。戦後に記されたわずかな手記や人づてに、なんとか第59震洋隊の元搭乗員にたどり着くことができました。
▽残された道は「震洋」しかない
「70年以上たって、今振り返ると、異常なことだったと感じる。でも、私たちは好き好んであの時代に生きていたわけではない」
東京都立川市に住む高部博さんは14歳のときに志願して海軍の予科練に入り、ゼロ戦のパイロットを目指していました。昭和20年4月、16歳で特攻に志願した高部さんが乗ることになったのは、特攻機ではなく「震洋」でした。「こんなもので走ってもたかがしれている。」しかし恐怖や葛藤を抱くことはなく、「これしかない」と腹をくくったそうです。戦局を打開するためには命を投げ出して当然という時代の中で、高部さんも特攻を当たり前のように受け入れていたと言います。「これが最善の選択だと純粋に受け止めて『死ぬ訓練』に没頭していた」10代という時期をただひたすら死に向かって生きるということは、想像もつかないことでした。「めちゃくちゃな時代だった。志願もしていないのに、意志の確認もないまま、おまえたちはこれか特攻隊だから遺書を書けって言うんだから…」
神奈川県相模原市に住む伏島誠さんも、ゼロ戦に憧れて14歳の時に予科練に入りました。しかし、特攻に志願したことは一度もありませんでした。ある時名前を呼ばれて整列し、向かうことになった先が、震洋の訓練所があった長崎県川棚町でした。なんてちっぽけな船なんだ。」初めて震洋を見た時、その簡素な造りに驚いたそうです。訓練中も浸水や沈没が頻発し、死と隣り合わせでした。昭和20年7月、館山の第59震洋隊に配属された伏島さんは、そこで終戦を迎えました。「これでお袋のところに帰れる。」
伏島さんは戦後、記憶をたよりに震洋の模型を作っていました。震洋による特攻の存在を形に残しておきたいという思いからです。爆薬の容器やそこにつながる3つの信管、そしてエンジンやスクリュー。模型は資料にも残っていない細部まで精巧に再現されていました。「これは、ベニヤのボートに命を預けていたことの証し。そして、そこから生きて帰ってきたことの証しなんだ。」高部さんと伏島さん、2人の元隊員の証言を聞き、個人の意志が無視され理不尽なことがまかりとおる時代があったことを改めて認識させられました。
▽震洋から何を学び伝えるか
取材を進める中で、はじめは知らなかった震洋の姿が、どんどん迫ってくるように感じました。
水中で撮影した残骸の映像を見た伏島さんは、爆薬の容器の形状や信管の数や位置が震洋のものとそっくりだと証言しました。残骸の見つかった館山を訪れた高部さんは、上官の命令で震洋を海に沈めて処分した場所と、今回残骸が見つかった場所が、ほぼ同じだったことを証言しました。
残骸が震洋のものである可能性は限りなく高いことが分かりましたが、比較する資料や現物がほとんど残っていないため、それが震洋だという確かな証拠は現時点ではまだ得られていません。それでも、震洋について調べ、元隊員に話を聞くきっかけとなった残骸の存在は非常に大きなものでした。
高部さんが取材の最後に語った言葉です。「私たちが経験したことは無駄だったようにも思う。それでも何かの形で残しておこないと、過去のなかったものになってしまう」
震洋という存在から何を学び、何を伝えていくのか。無謀な特攻を生んだ戦争を、再び起こさせないために何ができるのか。海底で見つかった残骸の存在が、多くの人に考えるきっかけを与えてくれればと思います。
青木繁「海の幸」記念館
2017年8月12・13日(土日)は、休館とします。
8月の開館日
・5日(土)
・6日(日)
・19日(土)
・20日(日)
・26日(土)
・27日(日)
※11日(金)〜15日(火)を除く平日は、
10名以上で見学予約を受け付けます。
少人数の場合は、10名分(2,000円)で承ります。
NHK「グッと!スポーツ」にダイバー・成田均さんが出演します。
日時=2017年8月1日(火)午後10時25分〜午後11時15分
再放送=2017年8月8日(火)午前0時55分〜午前1時45分
「水深100mの海へ フリーダイビング福田朋夏」
*番組ホームページ
日本の素潜り女性チャンピオンの福田朋夏さんの特集で、
人類初の水深100mを達成したジャック・マイヨールについて、
無二の親友であった館山市在住のダイバー・成田均さんが語ります。
青木繁を特集、NHKEテレ「日曜美術館」
(房日新聞2017.7.21付)
館山市布良で代表作「海の幸」を描いた画家・青木繁が、7月23日のNHKEテレの「日曜美術館」で特集される。タイトルは「魂こがして青木繁〜海を越えた〝海の幸〟と石橋凌の対話〜」。放映は午前9時から。
青木と同じ福岡県久留米市出身で、青木の絵に深い思い入れを持つ俳優でミュージシャンの石橋凌さんが、青木の作品世界に迫る内容。海の幸を描いた布良にも番組スタッフが訪れ、小谷家住宅「青木繁『海の幸』記念館」、布良の海、布良崎神社などを主催したという。
※再放送は7月30日(日)20時〜
第21回戦争遺跡保存全国シンポジウム高知大会
.‥⇒※詳細の開催概要および参加申込書は最下段の添付ファイル参照
◆開催日 =2017年
・8月19日(土)全体会
・8月20日(日)分科会・閉会行事
◆会場 =高知県民文化ホール
〒780-0870 高知市本町4丁目3-30
℡088-824-5321
◆日程」と内容
◎8月19日(土)
①全体集会 県民文化ホールグリーンホール
12:00〜 受付
13:00〜 全体集会 開会
・主催者挨拶(実行委員長)
・記念講演 公文 豪 先生 「植木枝盛憲法草案と日本国憲法」
(休憩)
・基調報告 十菱駿武 (戦争遺跡保全国ネットワーク共同代表)
・地域報告2本(15:00〜15:40)
・閉会挨拶
15:50〜 会員総会
16:30〜 分科会打ち合わせ(運営委員)
17:00 会場閉鎖
(交流会会場へ移動)
②全国交流会(高知会館) ※会費5000円
17:30〜 受付
18:00〜 交流会
◎8月20日(日) 分科会、閉会集会 多目的室
8:30〜 受付
9:00〜15:00 分科会
分科会①:「保存運動の現状と課題」 (1Fの第11多目的室)
分科会②:「調査の方法と整備技術」 (4Fの第6多目的室)
分科会③:「平和博物館と次世代への継承」(4Fの第7第8多目的室併合)
15:10〜16:00 閉会集会(4Fの第6多目的室)
分科会報告
特別決議 大会アピール
閉会挨拶
◎8月21日(月) フィールドワーク遺跡見学会(午前中)
Aコース:前浜掩体と耐弾式通信所
9:00県民文化ホール前出発ーー高知龍馬空港着11:30–JR高知駅駅着12:10
※懐中電灯をご持参ください
Bコース:旧歩兵第44連隊弾薬庫・講堂、陸軍墓地 他
9:00県民文化ホール前出発ーー12:00県民文化ホール前着
〇図書交換
8月20日 9:00〜15:00に 第3多目的室(3F)
◆参加費など
参加費 一般2000円(1日参加は1000円) 大学(院)生1000円(1日参加は500円)
交流会参加費 5000円
昼食弁当代 600円(8月20日)
遺跡見学会 Aコース バス代2600円 Bコース バス代2400円
◆宿泊について
宿泊の斡旋はありません。会員に送付した高知市マップを参考に各自でご手配ください。
◆現地実行委員会組織など
実行委員長 平和資料館・草の家館長 岡村正弘
現地事務局長 出原恵三
事務局次長 岡村啓佐
事務局会計 太田紘志
戦争遺跡保存全国ネットワーク事務局長 幅 国洋
事務局 〒780-0861 高知市枡形9-11 平和資料館・草の家
電話 088-875-1275
FAX 088-821-0586
メールアドレス GRH@ma1.seikyou.ne.jp
7. 会員でない一般の方の申込のお問い合わせ先 (予約が必要な場合があります)
①現地実行委員会 上記住所
②戦争遺跡保存全国ネットワーク事務局
〒380-0928 長野市若里3-5-5
きぼうの家 NPO松代大本営平和祈念館気付
戦争遺跡保存全国ネットワーク事務局
電話 026-228-8415
FAX 026-262-1831
平成26年10月25日(土)
木更津市より市民31名が男女共同参画フォーラムとして、
「“平和・交流・共生”のまちづくりをめざして」をテーマに、
館山の歴史・文化遺産を巡るバスツアーが来訪しました。
*木更津市男女共同参画フォーラムの参加者アンケートはこちら。