参加したメンバー皆、たいへん関心をもって見学させて頂きました。
自分自身も地元にあんなにすごい要塞があったり、歴史がある事に
今更ながら驚き、また考えさせられる体験でした。
富樫さんご夫妻の丁重なガイドもあって仲間が皆、
有意義な一日を過ごせた事に感謝しております。
今後の皆様の活動にお役に立てる事がありましたら、是非お声かけください。
ありがとうございました。
参加したメンバー皆、たいへん関心をもって見学させて頂きました。
自分自身も地元にあんなにすごい要塞があったり、歴史がある事に
今更ながら驚き、また考えさせられる体験でした。
富樫さんご夫妻の丁重なガイドもあって仲間が皆、
有意義な一日を過ごせた事に感謝しております。
今後の皆様の活動にお役に立てる事がありましたら、是非お声かけください。
ありがとうございました。
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「彗星のごとく明治画壇に現われた」と評された天才画家・青木繁が房州富崎村の小谷家に滞在し、衝撃のデビュー作品≪海の幸≫を描いたのは1904年のこと。黒潮と親潮のぶつかる房総沖は豊かな生態系に恵まれた漁場であり、布良・相浜はマグロ延縄漁の発祥地でもあった。灼熱の太陽、憧憬をかきたてる大海原、男たちの頑強な胸板は、芸術を開花させるに十分な刺激にあふれていた。鬼才とまで呼ばれ、苦悩しながら駆け抜けた青木繁の28年の人生において、古代から夢とロマンにあふれた布良・相浜の漁村はどれほどのインパクトを与えたのであろうか。この地を愛した青木繁の視点を検証しながら、布良・相浜の〝海の幸〟を語り合おう。 ≪海の幸≫は国の重要文化財…
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① フィールドワーク 〜 ≪海の幸≫ゆかりの布良を歩く
② 富崎小学校児童による 『安房節』演奏、『海の幸』について発表
③ スライド講演 東京文化財研究所研究員 田中 淳氏
「ブリヂストン美術館特集展示〝青木繁≪海の幸≫100年〟を語る」
④ 座 談 会
愛沢伸雄 (館山市小原在住、NPO法人フォーラム理事長)
小谷 栄 ( 〃 布良在住、青木繁が滞在した家の当主)
豊崎栄吉 ( 〃 布良在住、布良神田町区長、舩吉造船主)
船田正廣 ( 〃 北条在住、彫刻家、館山美術会顧問)
山口栄彦 ( 〃 布良出身、川崎市在住、エッセイスト)
吉田昌男 ( 〃 相浜在住、富崎地区連合区長会々長、元マグロ船機関長)
コーディネータ- 池田恵美子 ( 〃 宮城在住、NPO法人フォーラム事務局長)
・主 催:布良・相浜の〝海の幸〟を語る会、NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム
・共 催:富崎地区連合区長会、富崎地区コミュニティ委員会
・後 援:館山市、館山市教育委員会、館山美術会、館山市芸術文化協会
館山ユネスコ協会、たてやま・コミュニティビジネス研究会
NPO法人全国生涯学習まちづくり協会、社団法人漁村文化協会
『あわ・がいど②〜房総里見氏』発行!
里見ウォーキング
南総里見まつりフォーラム
房総里見会
報告=松代大本営と松代城、無言館をたずねて
教育研究集会「命を考える」
かにた婦人の村バザー支援
〝青木繁《海の幸》100年〟から布良・相浜を見つめる集い
南房総平和フェスティバル2005〜子どもたちに平和を手渡そう!
虹のかけ橋〜ウミホタルとアワビがむすんだ日米交流=報告
・合唱組曲『ウミホタル〜コスモブルーは平和の色』初演コンサート
・ライドンツアー
「戦後60年」平和事業を振り返って
(ちばコープの市川や柏の組合員)
深まりゆく秋を感じる今日この頃ですが、お変わりありませんか?
9月には、たいへんお世話になりました。
遅くなりましたが、9月13日のまとめができましたので添付させていただきます。
つたない表現でお恥ずかしいですが、あの日見聞きしたことを記録しておくことと
参加された方たちが館山で感じられたことを伝えていくことができれば…と思います。
今回、廻ることができなかった場所、また戦跡だけではなく自然観察などでも
館山にうかがうことができれば、と思います。
ちばコープでも、現在身近な地域の戦跡めぐりコースの掘り起こし、年明けには
平和のつどいの開催などをすすめています。
平和を願う地域の組合員さんのいろいろな活動は、日々のくらしのかたわらに自然なこととして
受けとめられ、少しずつ広がっているような実感があります。
みんなの胸にある灯火を大切に育てていけたら…と思います。
また今度、お目にかかるのを楽しみにしています。
季節の変わり目でもあります、お体に気をつけて…
会の発展、みなさんの活動の充実を願っています。
ガイドさんにもよろしくお伝えください。ありがとうございました。
【感想】
* 館山にこんな戦跡があったことに驚きでした。赤山地下壕を若者が整
然と掘った事に慄然とさせられ、彼らの青春が埋没させられた悲しみと
苦悩が伝わりました。
*南房総の温暖で平和な町に多くの軍事施設があったことを知りませんでし
た。帝都防衛のためにだったのですね。掘られた壕が実際に使われなく
て本当に良かった。
*実際に訪れるまでは「戦跡」の具体的なイメージが持てずにいたが、案内
してもらい当時の様子が再現されるようで、とてもリアルに感じました。
4日間の軍政下での気持ちはどうだったかなどの疑問も湧いてきました。
*千葉県にこんな多くの戦跡があり、ここが戦争の重要な拠点であった事を
初めて知りました。生まれてからずっと千葉県に住んでいますが、学校
でこのようなことを学習した記憶がありません。
*ウミホタルは聞いていたのと違い、小さな生き物でそれが出す液体が発光
する事、その光さえ戦争に使われていた事を知り驚きました。
*館山の戦跡も戦時の事も、国や自治体でなく民間の方が掘り起こして行っ
たという事もすばらしいと思った。
【伝えたいこと】
◇ 戦争のことは知りたいけど積極的には知りたいと思ってなかったけど、実
際に目で見る事は大事だと思った。その場で説明を聞くのも大事。そし
て戦争の事を何か感じてもらえれば・・と思う。住んでいる柏の地域の
戦跡を調べるのもいいんだなと思った。
◇ 日々の平和を取り戻しているかに見える館山、そこには今も自衛隊の守り
があり、いつでも動けるように活動している。人類の戦いは昔も今もず
ーっとある。どうして戦わなければいけないのか、ひとがひとを傷つけ
ている。歴史から見てもその教訓が生かされていません。「戦争はしては
いけない」平和の大事さを見たままを伝えていきたいです。
◇ 戦争の跡を追うことは、もちろんそれが悲惨で繰り返してはいけないとい
う事を考える事なんだけど、それだけでなく世界に目を向けて自分たち
がどういう方向に進むべきかを考える事なんだと思います。次代を担う
子供たちにも悲惨さのみ押し付けるのではなく、そんな視点で見せてあ
げたらいいと思います。
◇ やはり平和! 戦争をしないだけでなく、みんなが仲良くできる世界にな
ってほしい。
◇ 時間を掛けてつくられていく意識や風潮はほんとうに怖いな〜と思いま
す。日常の中で「何か変」と感じる事を見落とさない、違和感にならさ
れることのないようにしたい・・・それが今の時代に生きる私たちの責
任の一つだと思います。
◇ 戦争の非情さや正義のための戦争はない事等を伝えて生きたいと思いま
した。
◇ 「いのち どう たから」(沖縄の言葉)そのものです。争いは力に頼る
事で解決しない。話し合いを大切に。相手の側に自分を置き換えてみる
こと、そこに戻って考えてみよう。戦争はどんな形でもいけない。
昨日は本当にありがとうございました。
突然のお願いで、しかも少人数で
勝手なお願いだったと改めて思いましたが、
丁寧に対応していただき、ありがとうございました。
私たちだけでは、やはり現場にたどりつけなかったと思いますし、
理解できなかったと思います。
案内してくださった方、お名前を失念して失礼してしまったのですが、
どうぞくれぐれもよろしくお伝え下さい。
とても分かりやすく丁寧に説明してくださって、皆とても喜んでいました。
赤山壕で思ったことを一つ。あれを誰が掘ったのかということです。
今新宿の高麗博物館で朝鮮人強制連行の展示をしていて、
10日にシンポジウムがあって参加しました。
サハリンの炭鉱、常磐炭鉱、相模湖ダム建造のために朝鮮から連れてこられた人達のことを聞きました。
あの大きな赤山壕の美しい地層を見ながら、ここにもそういう人達がきたのだろうか、
何か資料はあるのだろうか、と思い巡らしていました。
また機会を作って伺いたいと思います。貴重なお働きがますます盛んになり、
平和のためにこのことが用いられますようにお祈りいたします。お元気で。
アワビが結んだ交流
講演や対談
日米市民ら900人が聴く
アワビがむすぶ日米交流
潜水漁法伝えた小谷源之助ら紹介
米研究家と堂本知事の対話も
「戦後60年」の今年、諸団体と手をつなぎ、「南房総平和フェスティバル2005〜子どもたちに平和を手渡そう」というネットワークをつくってきました。
安房反核フェスティバル、安房地域母親大会、朗読劇『この子らの夏』…などなど、これまで地道に活動を続けてきたグループはじめ、その輪はどんどん広がりました。終戦記念日の「平和の集い」や、「安房・平和のための美術展」など多彩なプログラムが充実した夏でした。
この一連行事のクライマックスとして、9月3日(土)13時半より、南総文化ホールにて「虹のかけ橋〜ウミホタルとアワビがむすぶ日米交流」(入場無料)をおこないます。
平和は世界恒久の願いです。教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さないように、という意図で設立されたユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という精神が謳われています。
国連本部をはじめ世界中に設置されている「世界平和の鐘」は、毎年9月の国連総会開会日(国際平和の日)に鳴り響いているといいます。
戦後まもなく、全国に先駆けて館山ユネスコ協会を立ち上げ、半世紀にわたってユネスコ精神を実践してこられた本多かおる先生が、今回の催しを「虹のかけ橋」と名づけ、実行委員長の任を引き受けてご尽力くださっていることを、この場を借りてご報告します。
「平和フェスティバル」では、埋もれていた安房の歴史にもとづく、市民による草の根の国際親善事業に取り組んでいます。その一つは、「たてやま日韓子ども交流」でした。
今年は、韓流ブームの高まりに反比例するかのように、歴史認識のズレによる反日感情の高まりもありました。その影響で、日韓国交正常化四十年でありながら、記念交流行事の中止が各地で相次いだのです。
そんななか、韓国・浦項(ポハン)製鉄西初等学校の児童20名を館山に迎えられたのは、とても意義深いことでした。浦項と館山の子どもたちは、館山の歴史・文化を学び、音楽や自然体験を通じて、友情を深めました。
なかでも、館山の大巌院にあるハングルが刻まれた「四面石塔」の前で、両国の歴史を学んだ子どもたちからは、「もっとお互いの国を知って、仲良くしたい」という発言もありました。音楽会では、両国の言葉でユネスコ平和宣言が唱和され、「平和の鐘」の儀式もおこないました。
多くの市民や文化関係など諸団体のご協力のおかげで、子どもたちによる「善隣友好」に貢献することができました。
太平洋をはさんで位置する日本とアメリカ。指をさすように向かい合う房総半島とモントレー半島。友情と戦争。安房の海に生きるウミホタルとアワビ。…さまざまなキーワードで出会った人びとの想いは、「虹のかけ橋〜ウミホタルとアワビがむすぶ日米交流」として結実しました。平和宣言都市・館山においておこなうこの催しは、地域から国際親善に寄与する小さな一歩です。
100年前に、安房からアメリカへわたったアワビ漁師たちの話に、私はワクワクしています。
明治という時代に、どんな思いで、太平洋へ漕ぎ出したのでしょう。言葉も通じず、生活習慣も文化も違う異国の地で、どのように信頼を得て、ビジネスを成功させていったのでしょう。そして何より驚いたのは、アワビの大きさです。人の顔より大きなアワビのステーキって、どんな味なのでしょう。興味は尽きません。
不安な要素の多い現代、安房の先人たちの歴史は、私たちに夢と希望を与えてくれています。同時に演奏される館山発祥の合唱組曲『ウミホタル〜コスモブルーは平和の色』も、聞くたびに感動し、心が温かくなります。私は、このワクワク感をたくさんの人と分かちあいたいと望んでいます。
当日は、『太平洋にかかる橋〜アワビがむすぶ南房総・モントレー民間交流史』の冊子と『ウミホタル』の楽譜を、特別価格500円で頒布いたします。ご来場をお待ちしています。
⇒ 寄稿連載①愛沢伸雄2005.8.31付
⇒ 寄稿連載 ②船田正廣 2005.9.1付
ウミホタルは小さい、その子どもたちはもっと小さい、しかし、3億年も光り続けてきたという。館山の生きた化石、生きた文化財と言える。ウミホタルが光る色は精いっぱいで美しい、だが、なんとも名状しがたい。作詞家の大門高子さんは、それを「コスモブルー」と言いきった。世界中の色名帳にも無いと思うが、みごとである。
そのウミホタルが、戦時中、子どもたちによって採取されていたということを、私は知らなかった。地域史の研究をしている愛沢伸雄さんが、旧制安房中学の日誌のなかで「海蛍採集」という記載を見つけたことから調査をすすめ、その事実を明らかにしてきたという。この10数年、館山にある戦争遺跡の調査をコツコツと続け、「館山海軍航空隊赤山地下壕」の一般公開と史跡化を実らせた立役者である愛沢さんから、昨年秋の市民音楽祭の会場で声をかけられた。
「船田先生、ウミホタルの合唱組曲が出来たんです。館山で初演をやりたいんですが、力を貸してもらえませんか」と言う。
聞けば、NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラムの戦跡ツアーに参加し、ウミホタルに感動した音楽家によって、2年がかりで誕生した歌だという。そのとき、情熱的に語る愛沢さんから、1冊の楽譜を手渡された。
作曲は藤村記一郎さん、有名なミュージカル『ぞうれっしゃがやってきた』の作曲家だ。表紙をめくると、序章『夕日の海』に始まり、第1章『ウミホタルの光』、第2章『戦争へのシナリオ』、第3章『子供たちの小さな戦争』、第4章『戦場のウミホタル』、第5章『宇宙(そら)の子守唄』、第6章『光の海』、そして番外編『レッツゴー沖ノ島』…と続く。家に帰って、素人ながらひと通りハミングしてみる。うん、なかなかいい感じだ。
最後に記されている作曲者のメッセージを読んだとき、心が動いた。静かな入江の砂浜の海、とりわけ館山に多く棲息するウミホタルの放つ光を実際に体験した音楽家から生まれたこの名曲は、館山で初演するのが最も相応しいと強く感じた。微力の我が身をかえりみず、初演実行委員長という大役をお引き受けしていた。
初演日は2005年9月3日と決まった。合唱指導者の本橋朋子さんと一緒に、音楽関係者へ賛同を呼びかけて回った。願いが届いたかのように、まず9名の音楽指導者を含む23名の市民が名乗りを上げてくださった。次には、館山音楽鑑賞協会の本多かおる先生が副実行委員長として、若輩の私を支えてくださった。その後、さらに合唱団員を募集したところ、4月の初練習には約80名(内、子どもたちが26名)も集まった。
月に2回の練習のたびに知らない顔が増え、現在108名になっている。「合唱は初めて」という人も少なくない。普段着の気分で参加できる合唱団、市民が主役の手づくり合唱団、これが合唱団『ウミホタル』の魅力かもしれない。
いよいよ初演本番までカウントダウンが始まった。これまでにもはるばる名古屋から練習指導に来てくださった藤村先生が、当日の指揮をとってくださるという。なんと光栄なことだろう。全国に先駆けた『ウミホタル』の初演には、鴨川混声合唱団、合唱団プリマベーラ、千葉愛合唱団、紫金草合唱団なども駆けつけて、友情出演してくださることになっている。総勢181名の大所帯だ。
初演は、9月3日(土)13時半より南総文化ホールで行なわれる「虹のかけ橋〜ウミホタルとアワビがむすんだ日米交流」の第1部として上演する。アメリカからこの日のためにおいでになる42名の皆さんは、『レッツゴー沖ノ島』を日本語で練習してきて、一緒に歌いたいと言っている。まさに、太平洋にかかる「虹のかけ橋」である。入場無料なので、ぜひ、多くの皆さんにご来場いただきたい。
⇒ 寄稿連載①愛沢伸雄2005.8.31付
⇒ 寄稿連載③池田恵美子2005.9.2付