お知らせ

090526八期の会*佐藤治子さま

お忙しいのにわざわざじろえむまでご足労いただき、ありがとうございました。

金久さんも蓮沼さんもじつに素晴らしいご説明ご案内をしてくださり、感謝しております。

どうでしたかとみんなに聞いたら、お話を聞いてよかった、いい企画だったと異口同音に感想を言っていました。


実は今回参加者のわれわれは、戦火から逃げ回った人、満州から引き揚げた人で、

年齢から言って残留孤児になるところだった人など、

幼いころの恐怖がトラウマとして残り、被害者としてしか戦争を考えられない世代ですので、

今回の旅行計画に対しもう戦争の話から逃げたい気持ちがあると言っていた人もいます。

これはどうしようもない気持ちで、私自身5才のとき、船橋で空襲警報下、

妹の乳母車を押した母とはぐれて走ったときのB29の轟音を今でも忘れません。

飛行機の音が怖いという気持ちはこの年になっても消えないのです。

ですから世界の子供たちが戦火に遭ったニュースがとてもたまらないのですね。


今回の房総への旅の案内に、

「私たち自身語り継がなければ消えてしまうもの、なかったとされてしまうものがあることに

愕然とすることがあります。今回の旅行で単なる観光ではない心に残るものを共有できたらと願い」

「めぐりあった安房の戦跡を守るフォーラムの方のお話を伺い戦跡を訪れることにしました」

と書きました。


「石のさけび」のことを知っていた田島さんが一緒に旅行の企画をしたのですが、

彼女は、耳をふさごうとする人に、私たちが本当のことを知ることが

つらい思いをして死んでいった人たちへの供養になるんだよ、と言っていたのが印象的でした。

090526八期の会*田島汀さま

今年度の私たちの旅行会の企画のなかで

フォーラムにめぐり合ったことの幸運を何より嬉しく思うことです。

そして、埋もれていく戦争の記憶、戦跡を、語り継ぎ、広く知らせる活動に

組織的に精力的に取り組んでおられることに深い感銘を覚えると同時に

感謝の気持ちをお伝えせずにはいられません。


過ぎ去った歴史上の事実を淡々と伝える皆様の活動が

戦争のおろかさを鮮やかに浮かび上がらせ、心に刻ませてくれます。

アメリカ軍の膨大な軍事力に対して、たった5機分の戦闘機の格納庫跡だとか

そんなばかばかしい戦争のあり方に当時の地元の人々が飲み込まれてしまったのは

やっぱり、流れに従わざるを得なかったのか

戦争は起こそうとする勢力が大きな流れにならないうちに、抵抗の意思を表明し

行動を起こさなければいけないのですね。


先の戦争での長野の社村の徴兵関係の資料が

当時の政府の焼却命令をすり抜け保存され続けて、多数発見され

公開されたというテレビニュースに接しました。

どこの町でも村でも行われていたであろう消されてしまったその事実が

志を保ったたった一人の役場の担当者によって、保持され続け、日の目を見たこと、

また、そのことによって、戦争にまつわるおぞましいとも言いたい行為の数々を

私たちが知ることができ、また、別の角度から、戦争の忌むべき面を思い知らされた

気持ちがします。


大戦の敗戦の前後で、あまりにも価値観が変ってしまったことで、

人々の道徳観というようなものが、壊されてしまったのではないかと

私は想像することがあります。

私はやっと物心がついたころなので、はっきりしたことは分かりませんが

もし、私が学徒動員などに駆り出された年代だったらと思うと

どうだっただろうと考えるのです。

やっぱり、日々の暮らしを立て直すことで、なんとかやり過ごしたのでしょうか

両親などのことを思い出すとそうだったかな・・・

ま、父親はその後レッドパージに遭ったりしていましたが。


それにしても、無知でいることは、無責任に通じると思うことです。

090526八期の会*坂本睦枝さま

去る5月26日、16名で”じろえむ”にてお話伺い、そのあともさまざまな場所をご案内いただいたうちの一人です。私たちに知らされていなかった、終戦直後のことなど、大変勉強になりました。本当にありがとうございました。

実は、土曜日、別の友人(若い時の知り合いでやはり年齢は似たような仲間)に、安房文化遺産フォーラムの話をしました。若いころ、横浜市青葉台で、「青葉台子どもを守る会」というグループで、勉強会、バザー等を行っていましたが、その主宰者が、2001年突然くも膜下出血でなくなりました。そのあと、彼女をしのんで、毎年「あじさいの会」という食事会を続けています。

このたび、ご主人から「青葉台子どもを守る会」名義の預金が出てきたとの連絡があり、それを、故人の意志並びに私たちの気持ちとして、できるだけ、こどもたちに役立つところに寄付することで話し合いをしました。そのうちのひとつとして貴フォーラムに、わずかですが2万円寄付させていただくことに決まりました。別に、「青葉台子どもを守る会」の古い新聞を参考のために送らせていただきます。



■青葉台子どもを守る会とは…

昭和41年4月、この青葉台に電車が開通したとき、ここに住み始めた共働きのお母さんたち数人が保育所を作るために会(保育の会)をつくったのがはじまりです。やがてこの地域にも保育所や幼稚園が出来、子どもたちも成長するにつれて、子どもに関する問題は保育所のみならず、障害をもった子どもたちのこと、カギッ子と呼ばれる小学生たちのこと、数の足りない高校のことなど大きく拡がってきました。そこであらためて「子どもを守る会」と改称し、青葉台地域におけるすべての子どもたちのよりよき環境づくりを目的として協力し、活動しています。

8年に及ぶ活動の中で、「緑区青少年図書館」がつくられるときいて、「青年の会」の方々と手を結んでの署名活動等によって青葉台と市に働きかけ、現在の青葉台2丁目に誘致することが出来ました。そして初めの構想には無かった集会室を加えて貰いたいと要求し、設計変更によって付け加えられ、地域の集会の場として役立っている様です。又、年2回のバザーによって活動費づくりと恵まれぬ子ども達のいる施設と地域への寄付(文庫のロッカー、遊園地の遊具、時計等)をしたり、読売新聞社と和光堂の後援による乳児健診、現在迄48号に及ぶニュースの発行、時々の会員の話し合いなどの活動を行なうほか、別に障害児の問題を考える「さくらんぼ会」、学童保育「ちびっ子の家」などにも会員が取り組んでいます。会に入り、私たちと一しょに話し合ったり活動したりなさいませんか。会費は半年400円です。

…青葉台子どもを守る会(旧・保育の会)ニュース№48(S.50.12.15発行)より

090524I女性会議相模原支部事務局*金子幸子さま

5月24日、25日の戦跡めぐりの時には本当にいろいろお世話になりました。

池田さん、小沢さん、関さんのきめ細かい気配り、分かりやすく、

そして心にひびく説明や案内で、とても有意義な2日間を過ごすことができました。

こころからお礼を申し上げます。


最初は、戦跡めぐりと聞き緊張していたのですが、池田さんや小沢さんに接し、緊張もほぐれ、

「本当に巡ってよかったね」とお互いに語り合う2日間でした。

小沢さんには、思いがけない蛍狩りにまでも誘っていただき、

みんな何十年ぶりの蛍に少女の頃を思い出し、すてきな夜を過ごすことができました。

また、春の恵みのふきや、きれいなお花までいただき本当にありがとうございました。

奥様には「きれいなお花をありがとうございました」と伝えていただければ幸いです。


私たちが住んでいる相模原市も基地(主に米軍)の町で、基地返還を闘っていますが、

日本の軍隊の基地跡、そして今もなお存続する日本の軍隊の基地を眼のあたりにし、

米軍という特定ではなく、戦争へのいかり、軍隊が存続することへのいかりを身を持って覚えました。

「9条をまもる」ことの大切さを痛感しました。これからも館山の話を機に、

微力ながら「9条をまもる」闘い、基地返還の闘いを前進させていきたいと思います。

なお、【合唱組曲ウミホタル】1冊分の代金を、参加者の1人が忘れて払わないで帰ってしまったようです。

申し訳ありませんでした。代金600円と少額ですがカンパをお送りします。

天候不順な折、くれぐれもお体を大切にお過ごしください。

NPO法人安房文化遺産フォーラムの発展をお祈りいたします。早々

090524I女性会議相模原支部*岡田絢子さま

この度はたいへんお世話になりました。

きめ細かい説明で分かりやすく、とても為になりました。

会員一同口をそろえて「館山に来てよかったね!」

と申しております。勉強になりました。

どんな理由があっても戦争は駄目です。

私自身「憲法九条やまとの会」に参加しておりますし、

I女性会議でも全国的に運動しております。

どうかこれからも頑張ってください。

まずは御礼まで。草々


連れて行っていただいた〝ホタル〟がとてもきれいでした!

ありがとうございます。

【房日】090513*6月1日を前にして=山口栄彦(読者コーナー)

(読者のコーナー)
6月1日を前にして
….山口栄彦
…..(NPO法人安房文化遺産フォーラム会員)

館山海軍砲術学校が安房郡神戸村佐野(現館山市佐野)で開校されたのは1941(昭和16)年6月1日だった。富崎や神戸地区が心に深く刻まれているように、館山砲術学校(以下館砲)の残像がぬぐいきれない。そこで、開校記念日をまえに2、3触れてみたい。

安房地域特別支援学校のあたりに館砲の下士官とその家族用の住宅があり、「官舎」と呼ばれていた。敗戦後、官舎は地域住民に払い下げられた。やがて、土地の接収が始まったので夫が家を解体して今の場所に移った。その後部屋を一間増やし今も住んでいる。「古くて恥ずかしいです」と、Sさんはしきりに言う。恥ずかしいどころか、家は館砲にまつわる数少ない戦争遺跡の一つだ。

去る4月、1人の女性が南房総市の大房岬を訪ねた。神戸市に住む岡田啓子さん(64)だ。44(昭和19)年館砲で米国の西海岸上陸を目的とした海軍レンジャー部隊呉101特別陸戦隊、通称山岡部隊(約300人)が編成され、主に富浦地区で訓練を続けた。戦局の悪化で作戦はサイパン上陸に変更され、隊員だった啓子さんのご尊父は、特攻出撃をまえに遺書まで残したが、敗戦となり生きのびた。富浦で生まれた啓子さんは、自分の出生の地と若き日の父親の足跡を求めて来房した。「こんな場所での訓練は二度としてほしくない」と、啓子さんは大房の崖を見上げて呟いた。

館砲のA主計長は学生時代から絵を描くのが好きだったようだ。主計長からの

便りでがしばらく絶えたのを心配した父親は、44年の初夏、息子に面会するために山形市からはるばる館山にやって来た。主計長は部下(民間人)の不祥事の責任を取らされ、米軍の上陸が迫るニューギニアのビアク島に極秘に送られていた。後任のO主計長は前任者にかかわる真相は知っていたが、軍紀上それをA主計長の父親に明らかにできなかった。「あれは息子が描いた絵に違いありません」と、A主計長の父親は壁の絵を指した。A主計長はビアク島で戦死した。

.

*房日新聞2009.5.13付

*岡田啓子さんの来房レポートはblog安房国再発見

【赤旗】090509*平和を大切にする国に(天羽道子)

婦人保護長期施設「かにた婦人の村」施設長

.

千葉県館山市で4月29日、開かれた日本共産党演説会であいさつした、婦人保護長期施設「かにた婦人の村」施設長の天羽道子(あまはみちこ)さんの話を紹介します。

.

あいさつの依頼を受け躊躇しましたが、社会福祉にたずさわる庶民の一人として、戦中を生きてきた者として、日ごろ、現在の社会にたいへん危惧を抱いておりました。ことに政治の流れが変わらなければならないと思っておりましたので、お断りすることなくお受けしました。

二つのことをお話したいと思います。

一つは平和のことです。戦争は絶対に放棄しなければなりません。憲法九条に定められていることですが、これがあやしくなってきています。どうしても声をあげていかなければならないと思っています。

お集まりのみなさまの中にも「かにた婦人の村」をご存じの方もおられると思いますが、国有地を払い下げていただいた施設の中に戦跡の地下壕があり、また、敷地内の丘の頂には日本軍「慰安婦」の碑が建てられたこともあり、平和を発信していかなければならないと思っています。

先の大戦で、日本は害を受けたこともありますが、他国へ害を加えもしました。被害と加害の両面を経験しました。今もなおその負の歴史を負い続けています。殊に日本の過ちのために、他国で苦しんでらっしゃる方々がおり、日本でも被害を受け苦しんでおられる方々もいます。その痛みを共有し、記憶していかなければならないと申し上げたいのです。

もう一点は、「品格」という言葉がはやっていますが、「国の品格」「国のありよう」はどうあらねばならないのか、ということです。今日の社会を見て、人間が見捨てられている、とくに弱い立場の人たちがモノのように扱われているという現状に痛みを感じています。

平和を大切にする国、人間を大切にし、自然も動物も草木も、すべての命を大切にする国として、世界に誇れる国になってもらいたい、と思います。

その国をつくるのは誰でしょうか。私たちが選ぶ政治をつかさどる人たちにゆだねる部分が多いでしょう。でもその人たちを選ぶのは、私たち一人ひとりです。世界に誇れる国になるように、みなさまといっしょに念願して、あいさつとさせていただきます。

.

■かにた婦人の村

プロテスタント系社会福祉法人「ベテスダ奉仕女母の家」を母体として設立。知、情、意に何らかの障害をもち、長期保護が必要な女性を受け入れてきました。「かにた」とは施設近くに流れる谷川の名前。現在、70人の女性が職員とともに暮らし、農作業や陶芸、パン作りなどの作業をしています。

.

(しんぶん赤旗 2009.5.9付)

八犬伝グッズ展in館山市役所ロビー

【八犬伝のふるさと〜里見のまち館山】


館山市内のNPOは、それぞれ工夫して

八犬伝グッズを制作・販売しています。


2008年ゴールデンウィークから6月末まで、

八犬伝キャンペーンとして

館山市役所ロビーで展示しています。

NPOフォーラムからも出店しています。


その様子は、biog安房国再発見で紹介していますので、

お楽しみください。

【20】090526宇梶静江さん*イランカラプテー〜アイヌに生まれて…

知恵袋講座はNPO会員が講師となり、それぞれの専門分野や人生経験をご講話いただく茶話会です。

.

【日時】2009年5月26日(火)13:30〜

【会場】小高記念館

【参加費】200円(資料・茶菓子代)

【講師】宇梶静江(アイヌ古布絵作家・鴨川市在住)

【テーマ】イランカラプテー〜アイヌに生まれて…

.

〝アイヌ〟はアイヌ語で〝ひと〟を意味する。〝イランカラプテー〟は、〝あなたの心にそっと触れさせていただきます〟を意味し、ふつう、コンニチワという挨拶として使われている。

民族差別に苦しみ、1972(昭和47)年、「ウタリ(同胞)よ、手をつなごう」と朝日新聞に投稿、アイヌ人権運動の草分け。長男は暴走族総長から俳優となり活躍中の宇梶剛士氏。著書『すべてを明日の糧にいて〜今こそアイヌの知恵と勇気を』。吉川英治文化賞受賞。

.

※下記PDFで、当日ご紹介したパワーポイント映像をお楽しみください。

(参加者21名)

5/23=万石騒動・安房三義民ウォーキング

今を去る300年前、正徳元(1711)年に安房の地で過酷な年貢を課せられた農民たちが命をかけ決起した一揆がありました。「万石騒動」と呼ばれるたたかいは、屋代家を改易させ農民側の勝利に終わったものの3名の名主が処刑されました。毎年、「三義民」の命日祭をおこなってきましたが、本年はその「300年祭」にあたります。

万石騒動安房三義民300年祭実行委員会では、現在広く皆様に賛助金を募り、300年祭の記念碑建立を計画しております。

この機会に、江戸時代の安房の人びとが命をかけて立ち上がった「万石騒動」を学ぶために、館山市の館野地区に残っている関係文化財を中心に、その痕跡を訪れてみませんか。

.

【日時】2009年5月23日(日)10:00〜12:00

【受付】9:45館山市館野公民館前広場

【行程】館野公民館→国分寺(三義民供養塔・200回忌記念碑)→滝川用水路他→三義民刑場跡→館野公民館

【講師】岡田 晃司氏

(館山市教育委員会生涯学習課主任学芸員)

.

【主催】万石騒動安房三義民300年祭実行委員会

【共催】館山市文化財保護協会/NPO法人安房文化遺産フォーラム

【問合先】0470-22-8271