【房日連載】250501-15『世界一の夕陽』㉖㉗大神宮の森

『世界一の夕陽と生きる』撮影現場から (26)(27)

▶ 大神宮の森 ① (房日新聞 2025.5.1.付)

富崎地区の東側に広大な森がある。大神宮の森と呼ばれ、この地域の暮らしを支え続けてきた。

森は人や動物を生かし、その養分を川から海へと注ぐ。海の生物もまた、森の恩恵を受けている。そして、海は水蒸気を放出し、その水分が雨となって森や大地を潤す。地球はそういう循環を繰り返し、45億年生き続けてきた。

豊かな森から豊かな海が育つ。今回の映画で取材した布良漁港の最長老、小谷康彦さんは言った。

「大きな魚の餌になるイワシが取れなくなった。前は沖へ出れば、海いっぱいにワラサとかが跳ねていた。だが、最近は温暖化で、ほとんどそういう魚がいなくなった」

本当に温暖化だけの問題なのであろうか? 大神宮の森が枯れているという。そこで、この広大な森を買い取り、後世に残すためのプロジェクト「安房大神宮の森コモンプロジェクト」が立ち上がった。NPO法人「地球守」代表理事の高田宏臣さんが中心となり、大神宮の森を再生させる一大プロジェクトだ。

高田さんたちが、大神宮の森深く入り、道を直し、よどんだ空気を通すために、木を刈り、森に命を吹き込む。最初に案内してくれたのは、道の側面にある岩盤の穴だった。それは、時間の経過で土に埋もれ、素人の私には、そんなところに大事な穴があるなどわからない。

それをいとも簡単に高田さんは見つける。直径1㍍を超える穴だ。「これは昔の水源。この岩を掘ると水が湧いてくる」。なんと、岩盤をくりぬき、そこから水が湧いて、棚田に水を供給したという。それも鎌倉時代。私は大変驚いた。岩から水が湧き出る? そんなことがあるのか?

高田さんは言う。「ただ水を取るだけではなく、山の保水力を高める」と。私は、目からうろこ状態になった。森の中で育つ木々が生きているのは分かるが、岩も生きているのか?

「鎌倉にある海蔵寺の『十六ノ井』という弘法大師が掘った井戸は、今も湧き出ているんです」。高田さんはそう言って、これが昔の人たちが、知恵を駆使して森に生き、森を育ててきたと話し、さらに山を登り始めた。

この続きは次回に詳しく書きたい。

実は、ようやく映画の完成が近づいてきた。撮影が終わり、あとは仕上げを残すこととなった。そして、試写会が決まった。6月8日(日)に館山市の南総文化ホール小ホール。6月28日(土)に房南小学校体育館。詳細は文末の映画公式サイトを参照ください。なお、小谷さんは、3月に不慮の事故で逝去された。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

監督:金高謙二
(映画のホームページはhttps://www.sekaiichinoyuuhi.com/

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▶ 大神宮の森② (2025.5.15.付)

「安房大神宮の森コモンプロジェクト」の高田宏臣さんたちは、さらに山の上に向かった。尾根伝いにゆっくりと歩を進める。

「このあたりを見てください。平らな部分がありますね。ここは、昔の人たちのお墓があったところです」。

目を凝らしてみると、草木は生えてはいるが、明らかに斜面のところが平らになっている。

「土葬です。人も森の養分として再生の力になっていたんです」

なんと、その昔、人々はこの山に入り、生活をしてお墓まで造ったという。それも相当の山の上だ。今、房総の南には、国道が海岸沿いに走っている。しかし、その昔、この地を開拓した人たちの時代には、海岸沿いには道がなかった。そのため海に出るには、山を越えなくてはならなかった。

山を越え海に出て魚介類や海草などを獲(と)った。そして、森を拓(ひら)き、稲を植えた。水を供給するために岩を掘った。さらに、自らの屍(しかばね)を肥料として山に埋めた。

すばらしい循環の生活が、そこにはあったに違いない。以前、テレビの釣り番組で秋田県の白神山地に入り、10時間かけて源流まで行ったことがある。釣り人の登山家は、イワナの場所をいとも簡単に見つけた。聞くと「マタギが山奥で、飢えをしのぐ万一のために、川がせき止められてできたところに、イワナを放流し生かしておく」という。

昔の人たちの知恵に頭が下がった。高田さんたちは、尾根を伝い、頂上付近にやってきた。木がうっそうとしていて空気がよどんでいるようだ。すると高田さんは、余分な木を切り、風を通す道を作るという。木を切り始めてしばらくすると、登ってきた反対側に隙間ができ、海が見えてきた。おそらく根本海岸だろう。青い海が木々の間から見えた。すると風が抜けた。そして、なんと一匹のチョウが風に乗って飛んできた。チョウは気持ちよさそうに風に舞い、縦横無尽に泳いでいる。風がこの森に命を吹き込んだ。そんな瞬間だった。私の好きなアニメーション映画で「木を植えた男」(原作はジャン・ジオノの短編小説。1987年フレデリック・バックが監督・脚本でアカデミー短編アニメ賞受賞)がある。この映画はフィクションだが、人間が自然と共存し、森の再生に尽力していることを描いている。人は、昔、自然の中でうまく生きていたように思える。しかし、近代化を急ぐ一部の人間たちによって、その構成が揺らいでいるように思える。高田さんたちの「安房大神宮の森コモンプロジェクト」が今後どのようになっていくのか楽しみである。

監督:金高謙二
(映画のホームページはhttps://www.sekaiichinoyuuhi.com/