【房日展望台】210720*戦跡ガイドに参加して

戦跡ガイドに参加して

(房日新聞:展望台2021.7.20)…⇒印刷用PDF210720房日展望台(戦跡ガイド)

42年ぶりに故郷の館山にUターンしたが、あまり地元のことを知らない自身を自覚する。NPO法人安房文化遺産フォーラムが主催する戦跡ガイド講座があると聞き、早速参加した。参加者は15人。市外から3人、館山への移住者が4人、高校生2人の他、小学生2人も。

座学から始まる。館山市内には47もの戦跡があるという。うち公開されているのは赤山地下壕だけだそうだ。ここだけが市の所有地。昭和30年代から約40年の間キノコ研究者が住み、利用していたため、保存状態が良好だった。

講義は戦跡に限ることなく地形の成り立ち、戦争に至るまでの歴史など多岐にわたる。とても覚えきれない。2度目の参加者もいる。

1時間半の講義の後、地下壕に入る。この日気温は30度近く、湿度は52%。壕の中に入るとひんやりする。ガイドが身に着けている寒暖計を見ると19度を指している。湿度は72%。内部は非常にきれいで想像していたより広い。すぐにでも住めそうだ。資料が残っていないため、この壕がつくられた年代についてさまざまな説がある。館山市教育委員会の看板によると、終戦が差し迫った1944年以降だとされている。壕内は、金網を張った上にモルタルが塗られている箇所があり、大部分は丁寧な素掘りである。果たして終戦間際の混乱時期に、こんなに丁寧な作業ができるものなのだろうか。「赤山は真珠湾攻撃前から掘り始められた」。赤山の近くで生まれ育った元館山市教育長の高橋博夫氏の証言も残る。

壕の壁にはうねるような地層とともに、断層もいくつか確認できる。地学的な見どころもふんだんにある。

館山市およびその周辺に多く残る城跡。遺産群として保存し、歴史から学ぶ「平和・交流・共生」のまちづくりを進められたら、と講師は語る。「移住してきて6年。館山のことをまだまだ知らない中で非常にためになる経験をした」と参加者は話す。

赤山は標高が60メートル。城山同様、赤山も整備して歴史を感じる散策コースにしたらどうだろう。頂上からの眺めはさぞかし良いことだろう。「しろ」と「あか」。面白そうだ。