鴨川町における戦中戦後の図書館・文化活動

鴨川町における戦中戦後の図書館・文化活動
~鴨川の文化活動の礎を築いた医師 原進一~

関 和美 (NPO法人安房文化遺産フォーラム)

印刷用PDF
(千葉県歴史教育者協議会 会誌『子どもが主役になる社会科』53号収録)

1.はじめに

これまで「戦中・戦後」に「医療者」が「図書館」や「文化活動」の中心となっていた事例を報告してきた。なかでも私が注目してきたのは、医師の原進一(1891-1967)である。長狭町吉尾村大幡(現、鴨川市)出身で、吉尾村立小学校の高等科2年修了後、千葉県立安房中学を経て、仙台の第二高等学校を卒業、1912年に東京帝国大学医学部に入学し、1916年に卒業している。その後、東京の杏雲堂醫院で勤務、東京大森での開業を経て、1930年に鴨川町に戻り個人医院を開業した。安房医師会長も歴任しており、一方では戦前から鴨川文化協会を設立し、その中心で活躍した人物である。
2020年、原進一のお孫さんから、直筆のノート7冊、鴨川町図書館の写真2枚、鴨川町図書館報『鴨川』3冊、書籍2冊をご寄贈いただいた。調査を進めるうえで大変貴重な資料である。特に、直筆ノートを【原進一ノート】と称し、本稿では特に原進一の行った文化活動に焦点を当てて紹介することとする(図1)。

2.「鴨川市史あゆみシリーズ」から見る原進一~『吉尾のあゆみ』『西条のあゆみ』~

『鴨川市史』の内容を補完するかたちで、鴨川市教育委員会が鴨川市内12地区ごとに編集した「鴨川市史のあゆみ」シリーズを発行している。
このシリーズから、まず原進一の出身地の『吉尾のあゆみ』(2015年)を見てみると、原進一の父・原芳三郎は吉尾村の村医であり、赤痢のまん延時に奔走した様子が書かれている。また、芳三郎は永井家から原家の養子になっており、実家の「永井家系図」が収録されている。その子として「進一」の名があり、参考資料として、原進一の論文が紹介されているが、ほかには記載が見当たらない。
次に、『西条のあゆみ』(2019年)には、「戦時下の西条 徴兵検査・簡閲点呼」の項に「鴨川町の原医院」という表記が見られる。
ちなみに、原進一が1930年に開業し、鴨川町図書館のあった地区の『鴨川町のあゆみ』(2011年)には、原進一に関する記述が見当たらない。

3. 鴨川市郷土資料館「没後10年回顧展 長谷川昻~大自然と語る心~」

鴨川市粟斗出身の彫刻家、長谷川昻(1909-2012)の企画展「没後10年回顧展 長谷川昻~大自然と語る心~」(会期:2022年1月8日~2月27日)が鴨川市郷土資料館で開催された。
この展示で「長谷川昻先生と関わった人々」の一人として、原進一が紹介されていた。「鴨川市大幡生まれの東京帝国大学医学部医学科卒業で、東京で勤務後、(鴨川町)前原で開業し安房医師会長を務めた医師」として紹介されただけでなく、鴨川町図書館長や鴨川文化協会を創立したことなど、その人物像に迫った記載となっている。長谷川昻の作品としては、『鴨川海岸原氏邸にて』という絵画が展示されていた。
フリーペーパー『かもがわポータブルマガジンKamoZine かも春号(通算第39号・2022年1月1日発行)』では、この企画展に関連した「鴨川豆知識」に、「鴨川市出身の彫刻家・長谷川昻は、上京した際、『横山大観の主治医をつとめたことがある原進一博士の紹介状』を持っていたそうです。」と記されている。これは、長谷川昻の著書『仏を彫る心』の「内藤先生と原博士」の段に、「横山大観先生や内藤先生の主治医を、在京中につとめたという原進一博士の紹介状をもち」という記載があるため、それを引用したものと思われる。
今回の展示を機会に、医師であり、鴨川の文化活動の礎を築いた原進一の功績を少しでも鴨川市民に知っていただけたら嬉しく思う。

4.実際に関わった人物から見た原進一~『仏を彫る心』『安房医師会誌』~

次に、実際に関わった人が原進一について触れている地域資料から2点紹介する。
一つ目は、先述の長谷川昻の著書『仏を彫る心』の「内藤先生と原博士」である。ここでは、医師というだけでなく、古文書研究や文化人との交わりを大切にし、同志とともに文化協会を作ったことなど、原進一の文化活動についても触れられている。
二つ目は、『安房医師会誌』(1974年)の「物故者回想」である。ここでも、医師会長をつとめたことばかりではなく、長狭地区(鴨川市)の歴史文化の研究をしていたことや、鴨川の文化協会のメンバーであったこと、戦後すぐ、夏季大学講座を開講したといった文化活動をはじめ、菊や朝顔作りをしていたことなども紹介されている。

5.県史収集複製資料【須永家文書】と新資料【原進一ノート】

千葉県文書館には、県史編さん事業(1991-2008年)において、財団法人千葉県史料研究財団が収集した「県史収集複製資料」というものがある。【須永家文書】(近現代64)は、「戦前から戦後にかけて鴨川文化協会の中心として活動していた原進一氏のノートである。文化運動に関する日記のほか、新聞・雑誌記事、書簡、文化行事のビラ、プログラム等が貼付されている」と説明されており、2004年6月24日に千葉県文書館で撮影との記載があった。須永は、原進一の長女の婚家苗字である。
私は、【須永家文書】のすべてをコピーし、原進一に関する調査を進めている。文書館所蔵資料は、個人情報にも配慮し公開されている。
ここで、新資料【原進一ノート】と【須永家文書】を比較するため、それぞれを3つのカテゴリーに分けてみた。1つ目は「鴨川文化協会(文協)」、2つ目は「鴨川文化協会(文協)」以外の資料、3つ目は「図書館」に関するカテゴリーである。年代順に並べられない部分もあるが、タイトルを見ると、重複をしていないことがわかる。
今回、【原進一ノート】を入手したことにより、既に入手済みの【須永家文書】にない情報を得ることができた。これにより、今後の調査が拡がっていく可能性を感じている。
「須永家文書」は千葉県公文書館が整理し、個人情報に配慮されたかたちで公開されているのに対し、【原進一ノート】は全ての内容を確認できるものの、活用するためにはプライバシー保護や肖像権など取り扱いへの配慮が課題となる。また、ノートに貼られている新聞記事の切り抜きは、日付や何新聞なのかは不明であり、可能な限り調査をしていきたいと思う。

6.新資料から見る「鴨川町立図書館」と「千葉県立図書館安房分館」

1941年、原進一をはじめとする有志により鴨川文化協会が設立された。【原進一のノート(文協VⅢ 任務絶対 原)】(1941年12月~1944年10月)に貼られた新聞記事には、鴨川町文化協会が県立中央図書館後援のもと、鴨川の図書館を設置する計画があったことが記されている。前後のページから、1944年10月頃の記事かと推測される。戦時下にもかかわらず、民間団体である文化協会が図書館設置の計画をしていたということは驚きである。しかし本土決戦が迫るなか、戦局が厳しくなり、設置は実現できなかったようだ。
戦後になり、『千葉県図書館史』(1968年)の年表によると、「1947年安房郡鴨川町図書館創立、1948年県立図書館安房分館開設(鴨川町図書館併置)」と記載されている。鴨川市ホームページの「図書館のあゆみ」には、「安房分館併設」という表記になっている。
【原進一のノート(文協XIV 附憲法 COLD WAR 原 Jan 1948)】(1948年1月~4月)には、安房分館建設資金集めのために、鴨川文化協会とジュニアーサークル主催で開催されたダンスパーティの案内やチケット、決算報告が貼られている。
今回入手した資料のなかに、建物の前に立つ原進一の写真があった。拡大してみると、建物には「千葉県立図書館安房分館」と書かれた看板が掲げられている(図2)。
ちなみに館山に関して『千葉県図書館史』では、「1943年館山市立図書館創立、1954年県立図書館安房館山分館開設(館山市立図書館併置)」という記載がある。
千葉県立図書館ホームページ掲載の「要覧令和3年度(PDF)」の沿革には、「昭和62年県立図書館8分館を廃止」と記されている。現在の館山市図書館には「千葉県立中央図書館安房館山分館」という看板が今も残っているという。
『千葉県図書館史』の年表によると、1946年には「鴨川文化協会」が存在していたことがわかる。なお、1973年には「鴨川市文化協会」が設立されており、文化庁の2021年度地域文化功労者表彰を授与されている。この「鴨川市文化協会」は、「鴨川文化協会」の流れを汲んで設立されたのではないだろうか。時代が変わっても、原進一が設立した理念が、今も鴨川の地でしっかりと受け継がれているように思われる。

7.新資料から見る「読書会」

次に読書会の資料である。【原進一のノート(文協 新文化IV原)】(1942年12月~1943年2月)には、1942年12月の館山文化協力会読書部例会の案内が貼られており、原進一が「小泉千樫」という課題で行っていた。小泉は現代では「古泉千樫」と表記されており、鴨川市細野出身のアララギ派の歌人である(図3)
戦争中の読書会は、「鴨川文化協会」により行われている。【原進一のノート(文協IX 文化日本全員出撃 原)】(1944年11月~1945年10月)には1944年12月の読書会の案内が貼られており、「警報発令ノ場合ハ中止」と記載がある。下の方には「中止」というメモ書きらしい文字も見られるので、実際は中止になったのかも知れない。新資料からは、どのような読書会が行われていたのかというだけでなく、戦争中の文化活動や市民の様子についても読み解くこともできる(図4)。
読書会に関して、鴨川図書館報の『鴨川』創刊号に、「戦争中私達同志で作つて居つた鴨川文化協会で、図書館建設期成部と云う部で、読書会を毎月開いて町の皆さんに読書をすゝめた事がありました。所詮発表会式読書会と云う事に当たりましたが、三十四回は続きましたが読書層増強の成果は上がりませんでした」と書かれている。
戦後は、鴨川町立図書館で読書会が行われていた。【原進一のノート(図書館Ⅲ 原 APR.1965)】(1965年4月~10月)には、戦後の読書会の資料が貼られている。
戦争中は読書会の案内のみが貼られていたが、戦後は年表や書籍のあらすじなどが貼られており、配付資料があったことがわかる。戦争中の課題に関する発表方式とは異なり、読書会だけでなく、作家ゆかりの地への旅行という文学散歩なども行われていたことがわかる(図5)。

8.おわりに:今後の展望

これまで私は、地域研究のなかで特に原進一に注目し、敬意をもって調査研究の対象としてきた。そのご親族と懇意になり、貴重な資料の寄贈に恵まれたことは幸いであった。今回は、それらを分析しながら、「図書館」を中心に、鴨川町時代の文化活動の一端を紹介した。
新資料から垣間見えてきた「夏季大学」「長狭地区(鴨川地域)の歴史文化」「戦争中の文化活動」「戦後の文化活動」など、関心の分野は広がっている。今後もこのような諸テーマで調査研究を続けていきたいと思う。
同時に、資料を活用させていただくにあたり、プライバシー保護や肖像権などの取り扱いを慎重にしなければならないことも実感した。書籍や論文を読むだけではなく、社会人でも受講できる準デジタルアーキビスト資格取得講座などを通じて、実践的な知識や技能を学ぶことも課題といえる。
医師でありながら、鴨川市の文化活動の礎を築いた原進一の生き方は、困難の多い現代を生きる私たちにも示唆を与えてくれる。その理念を受け継ぎ、人びとに伝え、文化を活かしたまちづくりに寄与していかれれば幸いである。

 

<謝辞>

資料を提供いただいた原進一のお孫さんをはじめご親戚の皆様、原進一に関する証言をいただいた皆様、情報提供頂いた鴨川市郷土資料館および館山市図書館に、深く感謝申し上げます。

<参考文献>

・原進一.「入りの御医者様」、『長狭町大幡部落誌』大幡文化協会、1965年、pp.51-54.
・鴨川市教育委員会編.「七 吉尾の人物(一)永井伝十郎・謙三・準一郎」、『吉尾のあゆみ』鴨川市教育委員会、2015年、pp.168-171
・鴨川市教育委員会編.「四 昭和期の西条 徴兵検査・簡閲点呼」、『西条のあゆみ』鴨川市教育委員会、2019年、pp.153-154
・鴨川市教育委員会編.『鴨川町のあゆみ』鴨川市教育委員会、2011年
・KamoZine編集部「かもがわポータブルマガジンKamoZine かも春号(通算第39号) 2022年(令和4年)1月1日」
https://www.kamonavi.jp/wp-content/uploads/2021/12/KamoZine39-2022spring-S.pdf [accessed 2022-05-05]
・長谷川昻.「内藤先生と原博士」、『仏を彫る心』情報センター出版局、1979年、pp.115-120
・鴨川市「郷土の偉人 彫刻家・長谷川昻」
https://www.city.kamogawa.lg.jp/site/shiryoukan/1007.html [accessed 2022-05-05]
・安房医師会誌編纂委員会.「第十一章 各局部医師会 五 物故者回想」、『安房医師会誌』安房医師会、1974年、pp.498-500
・千葉県文書館「収蔵古文書等一覧 県史収集複製資料」
https://www.pref.chiba.lg.jp/bunshokan/contents/shuuzoushiryou/komonjo-2.html [accessed 2022-05-05]
・県史収集複製資料『須永家文書』(鴨川市).千葉県文書館
・千葉県図書館史編纂委員会編.『千葉県図書館史』、千葉県立中央図書館、1968年
・鴨川市「図書館のあゆみ」
https://www.city.kamogawa.lg.jp/site/library/7352.html [accessed 2022-05-05]
・千葉県立図書館「要覧 令和3年度」
https://www.library.pref.chiba.lg.jp/R3-youran.pdf[accessed 2022-05-08]
・加藤.「鴨川文化協力会」、『千葉文化』1941年、pp.11-12
・文化庁「令和3年度地域文化功労者被表彰者の名簿」
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93492501_02.pdf
[accessed 2022-05-05]
・鴨川市「郷土の偉人 アララギ派の歌人・古泉千樫
https://www.city.kamogawa.lg.jp/site/shiryoukan/1006.html
[accessed 2022-05-05]
・鴨川市立図書館.『鴨川』鴨川市立図書館、創刊号、1965年
・特定非営利活動法人 日本デジタルアーキビスト資格認定機構.https://jdaa.jp/
[accessed 2022-05-05]