寺崎武男と美術史

寺崎武男は1907年、東京美術学校卒業後にイタリアへ留学し、ヨーロッパ美術の諸技法を学び、日本に紹介した近代絵画の先駆者。早くからルネッサンスの壁画と法隆寺の壁画を研究し、ローマの日本美術展で通訳とコーディネーターを務め、日伊文化交流に貢献した。イタリア政府から勲章も授与されている。

法隆寺については、防火対策の不備を大正期から危惧しており、火災後には輪堂に壁画を制作した。館山の西ノ浜に別荘を建て、やがて定住した。戦後は安房高校の美術講師として後進の育成に務め、自由の女神像を制作している。
安房文化遺産フォーラムでは、遺族から寄贈された膨大な書簡や手帳などの分析調査を進めている。幕末から国際的に活躍していた寺崎家のファミリーヒストリーや、各界の友人など壮大なネットワークが明らかになりつつある。

下位セクション