戦争遺跡と平和学習
恒例、安房神社の海軍落下傘部隊の慰霊祭が行われました。
1941年9月、精鋭1,500名が館山海軍航空隊に集結し、
上空300mからの降下訓練を3ヶ月行ない、
12月には台湾の嘉義航空隊で最終訓練の後、
翌年1月には横須賀第一特別陸戦隊(横一特)がセレベス島メナドへ、
2月には横須賀第三特別陸戦隊(横三特)がティモール島ク―パンへ
奇襲攻撃をかけ、占領に成功しています。
しかしその後の激戦のなかで、多くの方が命を落とし、
生き残ったのは200人といわれています。
その一人、貴重な証言をしてくださった版画家の秋山巌先生の長女、町田珠実さんが
毎年、お父上の代わりに、お父上のお仲間の慰霊のために、来訪されました。
秋山巌先生のご健康を心よりご祈念しております。
NPO平塚らいてうの会(米田佐代子代表)の皆さんが平和学習で来訪されました。
らいてうさんのお父さんが、館山市北条(六軒町)の諏訪神社裏に別荘をもっていました。
館山白百合幼稚園の創設者・島野初子(矢部初子)さんは、らいていさんのご友人だったご縁もあり、『新婦人の人びと』という本には紹介されており、著書の折井美耶子さんからご寄贈いただきました。ありがとうございます。
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