館山の戦争遺跡から〝平和・交流・共生〟を学ぶ旅へのいざない…「月刊女性&運動」
館山の戦争遺跡から〝平和・交流・共生〟を学ぶ旅へのいざない
池田恵美子 (NPO法人安房文化遺産フォーラム副代表兼事務局長)
● はじめに
この原稿を執筆しているところに、未曾有の東日本大震災が起こりました。先の霧島新燃岳の噴火やニュージーランドの震災と合わせ、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様の心身と生活が回復に向かわれますよう心から祈念申し上げます。
房総半島南部の安房地域でも、地震津波の災害や戦乱を繰り返し乗り越えてきた歴史があります。私たちは、足もとの地域に残る歴史的環境や文化遺産を保存し、先人たちが培った〝平和・交流・共生〟の精神や様々な知恵を学び、現代の教育支援やまちづくりを進める市民活動に取り組んでいます。
とりわけ戦争遺跡は賛否両論あるなか、網の目状に2キロ近く掘られた「赤山地下壕」は、2004年に整備・一般公開され、翌年には館山市文化財に指定されました。当NPOでは国内外から年間200団体を迎え、平和学習ガイドを実践しています。
● 館山の戦争遺跡
関東大震災で99%壊滅した直後、隆起した館山湾の一角が大規模に埋め立てられ、1930年に館山海軍航空隊が開かれました。海に突き出た航空基地は、通称「陸の空母」と呼ばれ、艦上攻撃機のパイロットや、海軍初の落下傘部隊を養成する訓練地になりました。さらに館山海軍砲術学校や洲ノ埼海軍航空隊が置かれ、軍都となった館山は、ハワイ真珠湾や南洋の島々を攻撃していく軍事戦略の最前線を担ったのです。
戦争末期になると本土決戦体制のもと、安房地域には陸海軍部隊が7万近く投入され、次々と特攻基地が作られました。また、食糧増産のために花農家は栽培を禁じられ、子どもたちは軍事利用のため発光生物のウミホタル採取を命じられていました。
一方、米軍の日本本土進攻計画「コロネット作戦」の地図を見ると、関東一円をターゲットとした中心地が館山を指しています。この計画は、明治期よりカリフォルニア州モントレー湾域への渡米した、房総アワビ移民の情報に基づき立案されたと推察されます。残された日本の家族たちはスパイ容疑を恐れ、アメリカからの写真や手紙などを隠しました。太平洋をはさんで、引き裂かれた家族の歴史があったのです。
終戦直後の1945年9月3日、館山には米占領軍3500名が上陸し、本土で唯一「4日間」の直接軍政が敷かれました。歴史から消されていたこの出来事は、近年になって千葉県史に位置づけられるようになりました。
館山の戦跡を舞台に、せんぼんよしこ監督が女性の目線から平和と命を描いた映画『赤い鯨と白い蛇』が各地で自主上映されています。
● 「噫従軍慰安婦」の碑
1965年、売春防止法に基づく婦人長期保護施設「かにた婦人の村」が館山の海軍跡地に開かれました。創設者・深津文雄牧師の唱える「底点志向」に基づき、社会から見放された女性たちが大家族として支え合って生活するコロニーです。
ここに暮らしていたひとりの女性が、戦後40年を経て悲痛な告白をしました。戦時中、「慰安婦」であった体験を証言し、ジャングルで亡くなっていった仲間を弔ってほしいと願い出たのです。そこで、施設内の丘の上に「噫従軍慰安婦」と刻まれた石碑が建てられました。「噫(ああ)」という漢字は、「声にならない苦しみ、うめき」を意味しています。
韓国の国営放送KBSがこれをドキュメンタリー番組で取り上げたことを契機として、アジア各地から多くの女性がその体験を語りはじめ、世界の人びとが「慰安婦」問題に関心を深めていきました。
● 東アジアとの交流と共生
日本列島の中央で太平洋に突き出ている房総半島南部には、戦争遺跡ばかりではなく、アジアの人びとが助け合い、ともに生きてきた交流の証を見ることができます。
そのひとつが館山の大巌院にある「四面石塔」です。東西南北の各面に、朝鮮ハングル・インド梵字・中国篆字・和風漢字で「南無阿弥陀仏」と刻まれています。建立された1624年は、秀吉の朝鮮侵略で拉致された人びとの帰国返還事業が行なわれており、戦没者供養や世界平和を祈願する石塔ではないかと考えられています。
また南房総市の千倉海岸には「日中友好」の碑が建っています。これは1780年に遭難漂着した清国貿易船「元順号」を地元漁師たちが救助し、手厚く介護した出来事を顕彰し、1980年に建てられたものです。
さらに和田浦では韓国済州島から出稼ぎにきたアワビ海女たちと、房総の海女たちが共生してきた歴史があります。鴨川の山間にある長興寺では、済州海女たちのお墓が海を眺めるように建てられています。
● 平和学習の旅
2010年夏、1週間にわたり「第9回日中韓青少年歴史体験キャンプin安房」が開催されました。160名の三国の若者が安房のフィールドをめぐり、それぞれの歴史認識について有意義な討論を交わしました。
沖縄・広島・長崎・松代の平和学習とは異なり、安房のスタディツアーは多面的な角度から〝平和・交流・共生〟を学ぶことができます。現在、当地でも震災に伴う旅行のキャンセルが相次ぎ、地域経済や観光が危機に瀕しています。力を合わせてこの大災害を乗り越えるためにも、多くの皆さんがご来訪いただけることを願っております。
(新日本婦人「月刊女性&運動」2011年5月号掲載)