【月刊社会教育】太平洋まるごと博物館(池田恵美子)

『月刊社会教育』2026年3月号

「太平洋まるごと博物館~紀州と房州とカリフォルニア」
池田恵美子(NPO法人安房文化遺産フォーラム)

はじめに

房総半島南部の安房(あわ)地域は、南北逆さの日本地図を見ると、頂点に位置している。古くから海とともに生き、広く世界の人々と交流し共生した地であり、軍事的な要衝でもあった。その歴史から、繰り返し起きる戦乱や地震津波、海難などを乗り越えて助け合い、支え合い、平和を願って生きてきた先人たちの姿を学ぶことができる。

私たちNPO法人は、戦争遺跡をはじめ多様な文化遺産を保存・活用し、「館山まるごと博物館」と呼ぶエコミュージアム活動をとおして教育支援やまちづくりを展開している。とりわけ、明治期よりカリフォルニア州モントレー半島に渡った房総アワビ漁師らに関しては、調査研究を進めながら、20年にわたり米国の歴史家や移民子孫らと国際交流を育んできた。

一方、和歌山県は多くの移民を送出した歴史があり、その調査研究と交流は大学や自治体等により長く続けられている。なかでも和歌山県立近代美術館では、日米両国の諸機関と連携して「和歌山移民研究を軸とした国際交流事業実行委員会」を組織し、2022年度から文化庁の補助事業に取り組んでいる。連携団体は、和歌山県太地町歴史資料室、和歌山大学紀州経済史文化史研究所、JICA横浜海外移住資料館、全米日系人博物館などであり、4年目は当NPOも参画することになった。

房州と紀州は古来よりつながりがあるといわれるが、とくに近現代において紀南地域からロサンゼルス等に渡った漁業移民や日系人画家と、房総アワビ移民につながる歴史が明らかになり、本事業の協働で国際調査とフィールドワークが進められている。

海をわたった房総アワビ漁師

19世紀末、根本(南房総市白浜町)の小谷(こだに)源之助・仲治郎兄弟をリーダーとする房総アワビ漁師らは、カリフォルニア海流の冷たい海でヘルメット型の器械式潜水を導入し、アワビ漁をはじめた。(写真1)

海鮮問屋「金澤屋」を営む父清三郎は、優れた乾鮑加工技術者として農商務省とのつながりも深く、清国貿易など手広く事業を展開していた。長男の源之助は慶應幼稚舎と商業学校を卒業し、二男の仲治郎は水産伝習所出身の専門家として家業を手伝い、それぞれ広い知識と人脈を有していた。

A・M・アーレンとの共同経営でアワビ缶詰会社を設立した。日本人排斥の機運が高まるなかにあっても、彼らの 事業継続は特別に認められていた。共生の証として、日米国旗が染められた万祝(まいわい/漁師の晴着)が今も残っている。(写真2)

仲治郎は9年の滞米後に帰国した。千田(南房総市千倉町)を中心に潜水夫を養成し、兄のもとへ送り込むとともに、安房や千葉県の水産振興・教育などに尽力した。集落ではアメリカ講を興し、渡米潜水夫と家族を支えた。菩提寺でアーレン夫妻の仏式法要を営んだ写真が残っており、ビジネスパートナーとの強い絆が感じられる。

源之助は日本人会の会長まで務め、戦前に亡くなっているが、尾崎行雄や竹久夢二ら多様な来訪者が滞在した小谷ゲストハウスは、日米親善の架け橋として重要な役割を果たしたと思われる。また、小谷兄弟の義弟には倉田白羊(はくよう)、米国での姻戚には小圃千浦(おばたちうら)という著名な画家がいたことも注目に値し、文化活動も盛んであった。

戦後50年を経て、活躍した日本人として源之助の業績が米国で顕彰された。彼らが住んでいた土地は、カリフォルニア州立自然保護区内で「コダニビレッジ」と正式に命名された。

日本でも、館山市在住の水産学者・大場俊雄氏が彼らに関する調査を早くから進めていた。この先行研究に牽引される形で、日米両国の歴史家らが調査と情報共有を行ない、市民や子孫らとともに国際交流を育んでいった。

近年では、大正期建築の仲治郎旧宅を解体する際、襖の裏貼りから大量の書簡類を発見している。その後の台風で被災水没したが、回収と再生を経て、コロナ禍に500枚を超える解読調査を実施した。これにより渡米前の事業や家族の様子、渡米後のやりとりがみえてきた。こうした「館山まるごと博物館」の市民活動は、米国の歴史家や移民子孫らを対象にオンライン交流で報告し、相互理解を深めている。

和歌山移民研究との協働事業

先述のとおり、和歌山県立近代美術館が中核となる文化庁補助事業では、移民史継承の日米連携モデル構築を2022年度から進めていた。とくに和歌山出身の移民画家に関連して長く協働してきた全米日系人博物館とは、2024年に姉妹ミュージアム提携を結んでいる。

2024年度事業の一環として、移民史・水産史・美術史という研究テーマを共有する当NPOへのヒアリングと意見交換が行なわれた。

これまで3年間の事業をとおして、実行委員会では3つの課題を明らかにした。① 人口減少が進む地域の歴史継承の問題、地域の文化やミュージアム活動を支える担い手の不足。② 行政区枠にコミュニティを限定することによる、地域の文化資源としての移民史の見落とし。③ 戦前戦中に偏りがちな近代の移民史についての時代範囲の見直しと問い直し。これらはミュージアムの活動自体を外に広げる視点が必要だという。

そこで2025年度は、エコミュージアム活動を展開するNPO法人と異分野のミュージアムが遠隔地で協働し、複眼的な視点で、① 市民と連携した広域的地域文化史の再構築、② 広域連携による地域資源の発掘と磨き上げによる活用、③ 戦前戦後の移民史見直しのためのネットワーク構築を取り組むことが位置づけられた。

9月には、日米の実行委員で安房と南紀をめぐり、10月には訪米し、全米日系人博物館はじめ日系アメリカ人市民同盟モントレー半島支部や南加和歌山県人会などの関係者らと交流し、ゆかりの地で調査フィールドワークを重ねた。

モントレー在住の日系人は、房総アワビ漁師の関係者が大半だと思っていたが、実は和歌山出身者もかなり多く、両方を先祖にもつ子孫らも少なくないと分かった。

黒潮でつながる房総半島と紀伊半島、そして太平洋をはさんだモントレー半島の人々が、海を通じてクロスオーバーし、共生した姿がときを越えていきいきと浮かび上がってきた。

事業の集大成として、1月にオンライン日米シンポジウム、2月には館山市と太地町で展覧会「舫(もや)う移民―紀州、房州、カリフォルニア」を開催した。館山ではシンポジウム「移民がつなぐ太平洋まるごと博物館~紀州と房州とカリフォルニア」も行なった。

多面的な視点で、多様なミュージアムが協働する広域エコミュージアム活動は、先駆的な取り組みといえるかもしれない。今後のさらなる歴史調査の深まりとともに、お互いの地域への共感を育み、豊かな国内外交流に発展する契機になると期待される。

  • いけだ・えみこ=NPO法人安房文化遺産フォーラム共同代表