【房日寄稿】260208_紀州と房州とモントレーの海の物語

奥村一郎
和歌山県立近代美術館 教育普及課長

(房日新聞 2026.2.8.)

和歌山県(紀州)と千葉県(房州)には、今でも同じ地名が数多く残っています。西の紀伊半島から東の房総半島へ、陸路が基本となった現代では互いに遠く感じられるものの、黒潮がつなぐ海路は、古くから両地を文化的にも経済的にも結びつけてきました。

和歌山県は「移民県」と呼ばれ、多くの人びとがアメリカやオーストラリアなどへ出稼ぎした歴史があります。明治期から大正期にかけて、南紀州を中心とする和歌山県人が海を越えたころ、千葉県安房地域からもカリフォルニア州モントレー地域に渡った人びとがいました。

南房総市白浜町や千倉町を中心とするアワビ漁師らは、小谷源之助・仲治郎兄弟をリーダーとして器械式潜水を導入し、缶詰会社を創業して活躍しました。太平洋を挟んだ両岸から、紀州と房州、モントレーが共有する歴史は、黒潮を介して交差し、日本と北米をつないでいます。

館山市の渚の博物館には、渡米したアワビ漁師の歴史資料とともに、日米の国旗やUSAの文字が染められた漁師の晴れ着「万祝(まいわい)」が展示されています。そして、同じ万祝が安房の人びとからモントレーに贈られ、日系アメリカ人市民同盟(JACL)モントレー半島支部にも展示されています。これらは100年あまり前の日米の友情の証を示すものです。

また、和歌山県出身の上山鳥城男(うえやまときお)やヘンリー杉本、ほかにも竹久夢二、小圃千浦(おばたちうら)といった画家たちがモントレーを訪れ、小谷家のゲストハウスに滞在して制作を行いました。彼らが残した絵画が展示されたそこはアートギャラリーと呼ばれていました。小谷ゲストハウスは、日本とアメリカをつなぐ文化の交流地でもあったのです。

和歌山県立近代美術館では、2022年から「和歌山移民研究を軸とした国際交流事業実行委員会」を組織して文化庁の助成を受け、移民と美術をめぐる調査と広域ネットワーク構築を図ってきました。連携先は、太地町教育委員会、和歌山大学紀州経済史文化史研究所、JICA横浜海外移住資料館など多岐にわたり、24年にはロサンゼルスの全米日系人博物館と姉妹ミュージアム提携を締結しました。

今年度は、房州とモントレーをめぐるアワビ移民史の調査を行い、日米交流を続けてきたNPO法人安房文化遺産フォーラムが実行委員会に参画することになりました。25年秋には実行委員会メンバーが集まり、千葉、和歌山、モントレーの3地域をめぐって合同調査を行いました。参加者には研究者、学芸員、映像制作者、そして日系移民の子孫が含まれています。

二つの海岸線を結ぶ糸をたどることで、紀州と房州の関係性がより明確に浮かび上がってきました。それぞれが進めてきた地域史発掘の取り組みは、いま、新たにつながりをもった歴史を明らかにし始めているのです。それぞれ遠く離れた互いの地域が、その歴史を学ぶことで、むしろ近い存在であったことが分かってきました。カリフォルニアでの先人たちの交流は、黒潮の流れによってもたらされたものと言えるでしょう。長らく目を向けられずにいたつながりの糸は、1世紀あまりを経て再び、結ばれつつあります。境界線を越えて協働するプロジェクトは、地域横断的な対話を通じ、移民の歴史は過去から現在へと共鳴し、今日の地域やコミュニティーの新たな関係を育んでいます。

県南総文化ホールにて、5日から15日まで展覧会「舫う移民――紀州、房州、モントレーを結ぶ海の物語」を開催し、11日にはシンポジウム「移民がつなぐ太平洋まるごと博物館~紀州と房州とカリフォルニア~」を行います。ぜひ多くの皆さまにご来場いただければ幸いです。

問い合わせは、安房文化遺産フォーラムの池田さん(090・6479・3498)へ。イベントの詳細は、安房文化遺産フォーラムのHPで。