【ちば民報】211205_「館山まるごと博物館」の挑戦

「館山まるごと博物館」の挑戦 ~「平和の文化」のまちづくり

安房文化遺産フォーラム 池田恵美子さんに聞く

(ちば民報2021.12.5付)‥⇒ 印刷用PDF

千葉県館山市では、戦争遺跡(以下、戦跡)をはじめとする自然や歴史・文化遺産を「館山まるごと博物館」と見立てて、市民が主役のエコミュージアムまちづくりを進めている団体があります。NPO法人「安房文化遺産フォーラム(以下、フォーラム)」です。エコミュージアムとは、市民が主体的に研究・展示・保全などの活動を通じて活性化を図るまちづくりの手法です。

フォーラムは、高校世界史教諭だった愛沢伸雄さんが戦跡を活用した平和学習を契機として、市民による文化財保存運動を経て設立されました。長く事務局長を務めた池田恵美子さんは、今年度より共同代表になりました。

今回、池田さんが千葉県立館山総合高校の1年生を対象に「観光の学び」の講義をするというので、同席して聴講し、お話を伺いました。

・平和学習の戦跡ガイド

講義では、安房地域の自然や歴史、文化が語られました。逆さ地図で見ると、日本列島の頂点に位置する館山は、重要な軍事拠点として中世の城跡や戦跡が多いのだといいます。特に戦跡については、真珠湾と館山湾、沖縄県と千葉県、本土侵攻計画「コロネット作戦」と大本営の本土防衛など、地図を比較しながら説明されました。

なかでも館山を代表する赤山地下壕(市指定史跡)は、資料が少なく建設時期は不明で、市の解説看板には戦争末期と書かれていますが、フォーラムの調査や証言では日米開戦前から掘り始めていたと推察されるそうです。

印象的だったのは、沖縄戦に続き関東一円をターゲットとする「コロネット作戦」では、その中心地が館山を指していることでした。さらにミズーリ号の降伏文書調印式の翌日(9月3日)には、館山に米占領軍3500名が上陸し、本土で唯一「4日間」の直接軍政が敷かれたといいます。

生徒たちはこうした事前学習とともに、館山の海で拾える貝殻を磨くアクセサリー作りをしたり、赤山地下壕と戦闘機を格納する掩体(えんたい)壕のほか、文化財である旧安房南高校木造校舎、〝渚の駅たてやま〟などをめぐる校外学習を体験しました。

・活動の原点

池田さんは小学生のころ、赤山地下壕を探検したことがあり、トンネルを抜けたら巨大な広場に出て、見上げると吹き抜けの空が見え、とても驚いたそうです。現在の見学コースにはありませんが、海軍が山をくりぬいて作った縦穴の燃料タンクだとのことです。

12歳の時には、ハワイのジュニアスクールに参加して自然や歴史・文化を学んだことがあり、「多くの人にも体験してほしい」と思ったことが学校外の教育を志した原点となり、今の活動に繋がっているといいます。

大学卒業後は東京で金融業、社会教育の仕事を経て、2000年に館山へUターンし、愛沢さんと出会いました。人は自分の住む地域を知ることで誇りが生まれ、自己肯定感が育まれるという教育実践に共感し、二人三脚でNPO活動を始めました。

国連はユネスコの提唱を受け、2000年を「平和の文化国際年」と宣言し、翌年から「世界の子どもたちのための非暴力と平和の文化10年」と定めました。「平和の文化」とは、対立を暴力によらず、対話によって解決していこうとする価値観や行動様式のことです。ところが、アメリカ同時多発テロ事件により、「平和の文化」は風前の灯火となりました。

「平和の文化」を社会に実現するためには、ピースツーリズムという平和産業の構築が急務だというユネスコの考えに賛同した愛沢さんと池田さんは、これをフォーラムの活動理念としました。

近年、愛沢さんは心臓病と脊椎の難病を患ってしまい、今は自宅療養をしながら調査研究を進めています。フォーラムは池田さんが中心となって取り組んでいますが、メンバーには愛沢さんの教え子も多く、授業づくりからまちづくりへ広がってきた活動を支えているそうです。

・市民が主役のまちづくり

フォーラムでは、全国から訪れる団体のニーズに合わせ、多様なスタディツアーガイドを行っています。その活動は「平和・人権・地域づくり」へと広がり、年月とともに深められていると感じます。

少子高齢化が深刻になった布良(めら)という漁村の活性化を目ざし、地区コミュニティ委員会と協働で「青木繁『海の幸』誕生の家と記念碑を保存する会」を立ち上げました。全国の画家とともに保存基金を集めて「小谷家住宅(市指定文化財)」を修復し、青木繁「海の幸」記念館を開館しています。

学校統合によって使われなくなった県立安房南高校旧第一校舎(県指定文化財)を維持するために、「安房高等女学校木造校舎を愛する会」を発足して、草刈りや掃除の環境整備、年に一度の公開事業を支援しています。

安房南高校の平和学習が契機となって始まったウガンダ支援交流は、県立安房高校、私立安房西高校へと活動のバトンが渡され、27年目を迎えました。首都カンパラには「アワミナミ洋裁学校」と命名された職業訓練校も開かれ、友情が続いています。この活動に賛同した「安房・平和のための美術展」や、喫茶店25店舗の協賛によるウガンダコーヒー月間の取り組みなどに広がり、高校生から始まった支援交流の輪は様々な形で地域に根づいています。

フォーラムは多様な市民活動を繋ぐコーディネーター役です。「館山まるごと博物館」として地域資源に磨きをかけるだけではなく、そこに住む一人ひとりが得意分野の知識や技術を活かし、いきいきと活躍する場を提供しているのです。

全国から来訪するスタディツアーの皆さんは、単に戦跡めぐりで終わるのではなく、「館山まるごと博物館」をヒントにしてまちづくりを進め、ネットワークの手を繋ぎましょうと池田さんは言います。お互いの事例を学び合い、地域間のまちづくり交流が盛んになることは、住みやすい地域社会への一歩かもしれません。

▼安房文化遺産フォーラム
館山市北条1721-1
電話:0470-22-8271

(写真キャプション)
・高校で「他観光の学び」の講義
・館山市長から感謝状を受けるフォーラムメンバー