「安房の歴史・文化をいかした地域づくり-市民が主役の「南総発見フォーラム」を核に-
「安房の歴史・文化をいかした地域づくり-市民が主役の「南総発見フォーラム」を核に-」
愛沢伸雄 ≪千葉県歴史教育者協議会 会誌第32号(2001年)≫
【はじめに】
20世紀最後になった歴史教育者協議会関東ブロック館山集会では、「21世紀にひらく地域文化の再生」をテーマに、地域市民によって「地域フォーラム」が開催された。その際、私は地域に根ざし安房の自然や文化をいかした地域活動に取り組んでいる方々とともに「安房の歴史・文化をいかした地域づくり」を提起した。新年早々、具体的な動きが始まった。館山市と観光協会主催の「南総里見まつり」(10月21日)にジョイントして、前日に「南総発見フォーラム 海と里見と八犬伝」を開催することになった。里見氏稲村城跡保存にはじまる地域運動の経緯と、市民が主役となる「地域づくり」の取り組みについて報告したい。
【文化財保存運動から「地域づくり」への確かな広がり】
歴教協関東ブロック館山集会では、地域に根ざす実践のあり方や現代の課題を「地域づくり」というテーマにして、安房の教育や文化、自然環境などを見つめ直す『地域フォーラム』の形をとった。従来にない形式の研究集会ではあったが、地域に根ざした歴教協運動を示し、地域にひらかれた関ブロ集会になったと思っている。「歴史教育月報NO.361」(2000年9月)において、館山集会の案内をした際「いま安房地域でおきている教育や文化、環境などの現状をみつめながら、地域に根ざす実践のあり方や現代の課題をさぐるシンポジウムを企画している。本年度の歴教協活動方針『4.地域に根ざし、現代の課題ときりむすぶ実践を』での『地域が21世紀の未来をきりひらくうえではたす大きな役割をあらためて見直し、位置づけ』るという指摘を受けとめ、館山集会では、21世紀を切りひらく教育をどう実践していくかを交流のなかでさぐっていきたい。」とまとめた。
ところでこの集会は館山市や館山市教育委員会から後援を得て、安房郡市自治体や各教育委員会をはじめ小・中・高校や公民館など、これまでになく各方面に研究集会の案内チラシが配布され紹介された。また、地域で活躍しているさまざまな市民文化団体と接触するだけでなく、安房の歴史・文化をいかした地域づくりにつながる催し物のために支援・協力を得たことは画期的なことであった。この「地域フォーラム」には、地元市会議員や教育委員会・自治体関係課担当者をはじめ、観光協会関係者や市民サークルの代表者、さらには地元の新聞関係者など、各分野からバラエティーに富んだ市民の参加があったことは大きな収穫であった。当日のことは、地元の房日新聞(3万部)に「地域文化見つめ討論」との見出しで研究集会が報道されるとともに、社説では「新しい地域づくりのために」と題して「地元一般市民も加わっての、実り多い討論の場となった」と高い評価を得た。
【地域の文化遺産を学び・伝え・活用する文化財保存活動の継続】
さて歴教協安房支部も関わり始まった里見氏稲村城跡保存運動は6年目に入った。この運動を担っている「里見氏稲村城跡を保存する会」(以下「保存する会」)は市民による文化財保存団体として、安房にある里見氏城郭群の国指定史跡化をめざすとともに、地域の文化遺産から地域を学び、文化遺産を後世に伝えていくことを活動方針にしてきた。会の目的は地域全体を視野に入れた文化財保存運動にするために、まず第一には「里見氏城郭群の国指定史跡をめざす」とともに、第二に安房の文化遺産から地域を学び、文化遺産を後世に伝えていく役割を担うとしてきた。
そのために、まず「活用する」という点では21世紀にむけて安房の文化遺産のひとつである「里見氏城郭群」の国指定史跡化をすすめ、安房の歴史的風土の保存・再生の起爆剤とするとともに、文化遺産の活用の場を創造していくこととした。「伝える」という点でも、地域文化の保存と再生を視点に、里見氏関連文化財など安房を代表する文化遺産をはじめ、安房の歴史的な環境や風土をあらわす文化遺産について学びながら、地域に根ざす市民の立場から後世に文化遺産を伝える文化活動を積極的に展開するとした。三つ目の「学ぶ」という点では、いままで取り組んできた戦国期里見氏城郭群の文化財に加えて、海洋に関わる考古・古代遺跡をはじめ、里見氏前史の中世城館跡や、近世の陣屋遺跡・海防遺跡、近代の戦争遺跡、さらには地域にある様々な構造物の産業遺跡などを調査研究しながら、安房が房総半島南端にあることでの歴史的文化的特性を学びつつ、安房の歴史的環境や文化遺産への認識を広げることを考えている。その際、安房の歴史が東国史や列島史のなかで、どのように位置づけられるかも視野に入れることにした。
【市民が主役になる「地域づくり」をめざして】
日本や世界のさまざまな動きを情報として、手元に瞬時に引き寄せることができる時代となったが、私たちは足元の地域にどれほどの関心を払ってきたであろうか。雇用や地域経済など地域の状況が悪化している昨今、従来から取り組んできた地域の掘り起こしや地域文化活動を総括しながら、21世紀のスタートに教育・文化などの地域運動を展望していくことは、今日的な課題といえる。
とりわけ、千葉県歴教協運動から学んできた教育実践と地域活動のあり方を「地域の人々が主役になる『地域づくり』」という視点からとらえ直すことは、地域にある現代的課題を解決する第一歩になると思っている。そのためには、日頃の教育実践で培った地域認識への確かな眼をもって、より質の高い地域実践活動を積み上げていく努力が継続的に必要なことはいうまでもない。この集会が安房地域に根ざす人々が主役になる「地域づくり」の起点になることを願っていた。
「地域フォーラム」開会にあたり私は「20世紀もあとわずかとなりました。12月のお忙しいなか・・・『21世紀にひらく地域文化の再生』をテーマとする『地域フォーラム』開催にあたり・・・館山市と館山市教育委員会のご後援をたまわるとともに、呼びかけの趣旨に賛同された皆様方から、温かいご支援やご協力をいただきながら準備されて・・。
第1部では、フォーラムの基調といたしまして、地域に根ざして、地道に活動されている方々をパネラーに『安房の歴史・文化をいかした地域づくり』と題するシンポジウムをおこないます。また、第2部の催しでは、市民の語り部として、最近旗揚げをしました『南総里見語り部の会』の皆様にご登場いただきます。そして、南房総の歴史的風土から生まれた馬琴の幻想あふれる物語『南総里見八犬伝』を劇団「貝の火」による人形劇でご覧いただきます。なお、この会場には「南総里見手作り甲冑愛好会」の皆様のご協力で手作りの甲冑が展示されました。・・・4時30分からの分科会では、とくに市民の皆様には地域Ⅱにおきまして『地域づくり』をテーマに、さまざまな分野の方々の意見交流を望んでいます。シンポジウムでの提起を深めていきたいと思いますので・・・。8時からの『夜の集い』では、館山ウミホタル観察倶楽部と里見氏稲村城跡を保存する会・・・安房の風土に触れていただきたいと思います。
さて、20世紀を終えるにあたり、私たちが住む“地域”から・・・21世紀では、いままで以上に、地域から日本や世界のことを考えたり、また世界や日本の大きな動きから地域を見る視座が求められることでしょう。今日は、参加されている皆様とともに、私たちが生まれ、そして生活している“地域”の教育や文化活動などについて、あらためて『地域に根ざす』視点から考えてみませんか。・・・」と挨拶した。
まずフォーラムの第1部では、シンポジウム『安房の歴史・文化をいかした地域づくり』と題して安房地域に根ざしながら、この地の自然や文化をいかした地域活動に取り組んでいる方々に、地域の人々との結びつきや安房の自然・歴史との関わりなどを語っていただいた。「ひょっこりひょうたん島」から「南総里見八犬伝」まで日本の人形劇を中心で支えている地元館山出身の伊東万里子さんや、南房総の海のすばらしさを館山湾沖ノ島のサンゴやウミホタルを通じて紹介している三瓶雅延さん、また地域に根ざした市民文化の創造に奮闘されている松苗禮子さん、そして里見氏稲村城跡保存運動や戦跡調査研究活動をおこなっている私の4名のパネラーによって、これまでの活動から見えてきた安房地域の人々の姿が浮き彫りにされた。
そして第2部では、地域文化の一端を具体的に「里見の語り部」や人形劇「南総里見八犬伝」によって紹介してきたが、幻想的な世界を堪能されたと思う。その後、30数名の参加による分科会地域Ⅱ「地域づくり」は、シンポジウムを受けての報告がなされ、貴重な意見交流の場となった。
集会後の参加者アンケートでは「地域づくりへの様々な意見を聞き、歴史と風土を知り貴重な自然・文化を守り発展させる地域の様々な活動が集約されていくことの大切さを認識した。」「それぞれの分野で安房の歴史・文化・自然を深く理解して、それを次代に伝えていこうという真摯な姿に接しとても感動した」「語りと人形劇を通じて華麗な八犬伝の世界に引き込まれ地域芸術の見事さに感動した。」など、企画は概して好評であったと感じた。
【市政「まちづくり」基本構想への反映】
人形劇で「地域づくり」にかけようと動き出した伊東万里子さんは「自分の土地の歴史や文化を学ぶことは、この上ない楽しみ。土地の良い所をたくさん探そう。・・・・できれば創作をしましょう。・・・・そんなことが積み重なると、この土地にしかいない魅力的な土地の人がたくさん輩出する。歴史の中にある自分。ぬきさしならない大切な自分。決して孤独ではない自分。子孫に積極的に伝えよう。自分の大切なものは,大切に渡していこう。未来に…」とレポート概要でその思いを語った。
いま地域の住む私たちには、地域の自然や歴史・文化から地域を「学び」、そして地域の自然的歴史的環境を後世に「伝える」役割を担っているとの強い意識が必要と思う。とくに「学ぶ」という点でいえば、地域史研究を深めながら地域的特性や歴史的環境を解明することによって、地域に住む人々が共通する地域認識をもち、広く定着するようになることを願わずにはいられない。そして、地域の自然や文化などをどう「活用する」かという点でも、前述の地域認識を踏まえた「人づくり」を大切にしながら、地域の生活文化の視座からアプローチしていきたいものである。
ところで2000年末、館山市は「まちづくり」基本構想を発表した。以前のものがテーマパークなど開発的内容であったことを考えると、基本構想のなかに「交流・交易のまちづくりと館山湾の活用」をあげ、「美しい自然や郷土の文化を活かしながら、訪れる人を温かく迎え、楽しくさせるようなまちづくりを市民ぐるみで進めます」とか、「賑わいと憩いと癒しの観光地づくり」では、「海や花などの自然資源や里見氏などの歴史・文化資源を活かすことを基本として・・・・南房総の観光資源の広域ネットワーク化を実現し、観光地としての多様性の向上に努めます」などと位置づけている。また「ふるさと館山の保全と育成」のなかでも「歴史の中で培われた伝統・文化・・・・などを館山が誇る優れたふるさと性をしっかりと守り、育んでいこう」とし、「豊かな文化の継承と振興」の項目のなかで「黒潮や館山湾がもたらした文化交流、里見の歴史、郷土芸能などを後世に伝承すると共に、那古観音堂などの文化財の保存継承を進めます」と明確化された。
いずれの柱にも「里見氏の歴史」が置かれ、これまでの方向とは違い、歴史的な特性を活かした「まちづくり」の文言が入った。この6年間保存運動のなかで訴えてきたことが、市政の基本構想策定に一定の影響を与えたといえる。地道に取り組んできた市民による文化財保存運動が果たしてきた役割は大きい。
【「地域づくり」の核に「南総発見フォーラムー海と里見と八犬伝」】
関ブロ集会の「地域フォーラム」の内容は、市政の「まちづくり」構想を先取りする試みであったが、地域イベントという形で新年早々具体的な動きが始まった。2000年2月におこなった地域イベント「南総発見フォーラムー花と里見と八犬伝」を、館山市や観光協会が主催している「南総里見まつり」とジョイントして開催することになったのである。早速、市当局と関ブロ集会シンポジウム4名のパネラーとの話し合いがおこなわれ、実行委員会結成の呼びかけ趣旨(愛沢私案)が検討されたのである。
内容は「従来『南総里見まつり』実行委員会がおこなってきたものを、新世紀を期して質的にも規模的にも見直し、市民の手作りのイベント『南総発見フォーラムー花と里見と八犬伝』と合同しながら、新たに前夜祭方式や参加型イベントを導入することで活性化をはかる。なお南房総・安房の海と自然、歴史や文化をいかした千葉県を代表するイベントにするために、房総里見氏の発祥の地であり『南総里見八犬伝』の舞台であることをアピールしながら、安房の豊かな海と自然、そして歴史的な風土を世界・全国に広く発信し、南房総・安房のイメージアップをはかる。
この事業をおこなうに際して、千葉県や館山市をはじめ安房全自治体からの支援・協力を受け、安房地域の市民の皆さんや関係市民文化団体、観光商工団体などが実行委員会に参加し、2001年を期して新生『南総里見まつり』事業成功のために企画内容を検討していく。南房総の地域文化の発信地として南総文化ホールを位置づけ、城山公園周辺や館山湾岸をなどをイベント会場とする。また、企画と運営の面では、地域市民が作り上げていくイベントになるようにする。とくに情報の発信や取りまとめでは、民間の力だけでなく各自治体関係機関の支援・協力をうけ、広く地域市民の参加を呼びかけ、地域市民のボランティアによる事業運営を追求していく。さらに、この『南総里見まつり』は地域イベントであるが、さまざまな人々のネットワークとつながりながら、国際交流にも貢献する企画や内容となるように努力していく。
さて、昨今の景気低迷のなかで商工観光・地場産業の活性化を展望するとき、地域振興の面では、旅行・観光関係団体や民間関係企業の支援・協力をうけ、南房総・安房の魅力を『花と里見と八犬伝』をキャッチフレーズに、この地の興味・関心が高まるようインターネットをフルに活用して、自然・歴史・文化の情報をホームページで継続的にながす。そのなかで日本の玄関口の千葉県のなかでも、『南総里見八犬伝』の里〜癒しの地として、宿泊・滞在型の南房総・安房を積極的にPRし、大きく観光・行楽客を増加させていくことをねらう」とした。
【21世紀にふさわしい市民による「地域づくり」運動】
フォーラム運営のために検討されたことは、まず官民共同のイベントとして従来からの流れを考えながら、各団体のネットワークをつくり市民参加を追求していくとした。また具体的には実行委員会形式をとりながら、各実行委員は組織や団体の代表者ではなく、所属する参加団体とコンタクトをとり、フォーラム成功のためにさまざまな団体とネットワークを作る意志のある個人を条件とした。
ところで前回の「南総発見フォーラム」の意義を振り返ると、第一には文化財や史跡を活用したイベントに関心をもつ人が増えている状況もあり、やり方によっては多くの人を集めることができることが一定証明されたことである。今後の文化財保存と活用について、とくに中世の安房里見氏の歴史・文化財を歴史的に再考するとともに、「地域おこし」のイベントに活用する姿を示すこともできたといえた。また第二には、従来型の観光地づくりだけではなく、安房地域の文化遺産や歴史的風土を活かした視点を踏まえた地域振興のあり方に一石を投じることになった。この間館山商工会議所や館山市観光協会の後援、ロータリー・ライオンズ・青年会議所関係者の支援もあり、交流の機会があったことは従来になかったことで、今後の協力関係をつくっていくうえで大きな成果であった。第三には、文化財保存運動と「地域おこし」が市民のボランティアであっても一定の成果をあげることを示した。千葉県、安房郡市11市町村・教育委員会の後援とともに千葉県や地域の商工観光関係団体の後援を受けながら、一定の成果をあげたことは今後の安房地域の「地域おこし」をすすめていく上で参考になると評価された。
これらのことを踏まえると、不景気で地域経済が低迷している昨今、地場産業の花や海産物だけでなく、地域にある自然や歴史・文化を活用した「地域づくり」が求められている。そのなかで地域の文化遺産など「いまあるもの」を活かしての地域振興が図られるように、地域に根ざした市民の立場から提案することが必要かもしれない。つまり、「保存する会」が展望している稲村城跡をはじめとする里見氏城郭群の「国指定」史跡化では、「南総発見フォーラム」を核としての「地域づくり」が展望されるなかで、地元・地権者や市町村当局・教育委員会の一定の理解が生まれ、前進が図られていくと思っている。
かつて私はかって「安房の歴史的風土がどのように育まれてきたかを理解することなしに、21世紀を見据えた地域文化の保存と再生はない。まちづくりや地域づくりには、さまざまな視点からの見解がある。その際、忘れらてならないのは、歴史的風土への共通認識があって、はじめて議論も実りあるものになる」と地域の新聞で訴えた。私は地域に根ざした市民の立場から見つめ、歴史的な環境や歴史文化を活かした地域のあり方を今後も地道に文化財保存運動から提起していくつもりである。21世紀に安房が再生する道がまず「南総発見フォーラム」にあることを具体的な姿で示していきたい。