文化財保存運動から「まちづくり市民大学」構想へ(2009年「千葉歴教会誌」第39号)

文化財保存運動から「まちづくり市民大学」構想へ

愛沢伸雄

 

はじめに

10余年の市民の文化財保存運動によって、里見氏稲村城跡は「国指定」へと動き出し、赤山地下壕跡も一般公開され「市指定」として平和学習の拠点に位置づけられている。市民が主役となった地域(まち)づくりを願って、2004年に特定非営利活動(NPO)法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラムを設立した。年間150団体のスタディツアーと地域文化の再生事業に取り組んできたが、今年度からは法人名を「安房文化遺産フォーラム」と改称し、地域づくりと人づくりを視野に入れ、「まちづくり市民大学」構想を提案している。市民の生涯学習の場がまちづくりにつながっていく市民大学実現の可能性を報告したい。

 

1. 授業づくりから地域(まち)づくりへ

これまで千葉県歴史教育者協議会の会員として取り組んできた授業実践と地域づくり概要を紹介する

1989年 安房南高校社会科研修「かにた婦人の村」(「噫従軍慰安婦」石碑)訪問

1990年 安房南高校において現代社会で「平和学習『かにた婦人の村』と従軍慰安婦問題」授業実践

1993年 千葉県歴史教育者協議会安房集会開催/「学徒出陣50周年『館砲』『洲ノ空』展」開催

1994年 安房南高校生徒会によるアフリカ・ウガンダ支援活動の開始

1995年 「『戦後50年』平和の集い」開催(延べ約2000名参加)

1996年 里見氏稲村城跡の保存運動がはじまる。「保存する会」結成

1997年 館山地区公民館「郷土史講座『館山の戦跡』」講師依頼以後3年間

2000年 イベント「南総発見フォーラム-里見と花と八犬伝」開催(約400名)/歴史教育者協議会関東ブロック館山集会開催

2001年 イベント「南総発見フォーラム-里見と海と八犬伝」開催(約1000名)/「里見ウォーキング」以降、毎年市民主導で開催

2002年 シンポジウム「日韓歴史交流『四面石塔』」開催/日韓歴史教育実践交流会館山集会開催

2003年 館山市館山地区公民館「戦跡保存調査サークル」結成

2004年 NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム設立(5月法人認証)/館山海軍航空隊「赤山地下壕跡」一般公開(2005年1月市指定文化財)/戦争遺跡保存全国シンポジウム館山大会主催(約400名参加)/館山市観光立市推進協議会 歴史・文化の保存活用プロジェクト(座長)

2005年 「日韓子ども交流」浦項製鉄西初等学校20名との交流/国土交通省「半島いきいきネットワーク」モデル事業として選定される。

2006年 館山市稲村城跡調査検討委員会(国指定史跡に向けて)委員委嘱

2007年 NPO主宰「ウミホタル合唱団・安房」結成・11月小谷家文化財申請

2008年 NPO法人安房文化遺産フォーラムと改称/県NPOパワーアップ助成事業元気なまちづくり市民講座全8回開講/青木繁「海の幸」誕生の家と記念碑を保存する会の結成(事務局担当)/安房の地域医療を考える市民の会呼びかけ

「地域医療の危機と看護学校問題を考える集い」開催

 

≪千葉県歴史教育者協議会会誌『子どもが主役になる社会科』掲載された報告≫

「平和教育と地域の掘り起こし〜『かにた婦人の村』と従軍慰安婦問題」第23号(1992年)

「教室から地域・世界へ〜世界へ目を向けた生徒のウガンダ支援活動」第25・26合併(1995年)

「安房で『戦後50年・平和を考える集い』に取り組む」 第27号(1996年)

「地域をみつめる市民の文化財保存運動〜いま里見氏稲村城跡保存運動に取り組む」 第28号(1997年)

「なぜ里見氏稲村城跡保存運動は実ったか」 第29号(1998年)

「生徒会によるアフリカ・ウガンダ支援活動」 第30号(1999年)

「文化財保護運動と地域おこし」 第31号(2000年)

「安房の歴史・文化をいかした地域づくり」 第32号(2001年)

「地域教材で日韓交流を学ぶ」 第33号(2002年)

「安房の戦争遺跡を地域づくりに活かす」 第34号(2003年)

「文化財・戦跡を活かすNPO活動で安房の地域づくりを」 第35号(2004年)

 

2.市民を主役にした地域(まち)づくり活動を

(1)NPO設立の目的

NPO法人安房文化遺産フォーラム(以下、NPOフォーラムと略する)は、南房総・安房地域の自然や歴史・文化遺産をまもり、先人たちが培った「平和・交流・共生」の精神を活かした豊かなコミュニティを目ざし、市民の生涯学習と社会貢献活動による地域づくりを推進する目的に設立された。

このNPOフォーラム設立の目的を達成するため、(1)社会教育の推進を図る活動。(2)まちづくりの推進を図る活動。(3)学術、文化、芸術又はスポーツの振興を図る活動。(4)環境の保全を図る活動。(5)人権の擁護又は平和の推進を図る活動。(6)国際協力の活動。(7)子どもの健全育成を図る活動。(8)前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動をおこなうと位置づけ、その目的を達成するために、特定非営利活動に係る事業としては、「①地域にある歴史・文化遺産の調査研究とガイド事業。②地域にある歴史・文化遺産を紹介した書籍等の出版事業。③その他この法人の目的を達成するために必要な事業をおこなう。」とした。

 

(2)持続可能な地域社会をめざして

いま安房の豊かな自然や歴史・文化を活かした体験観光交流が注目されているが、少子高齢化や過疎化、中心市街地の空洞化をはじめ、医療や介護、福祉から教育・子育てにいたるまで、合併問題が尾を引くとともに、地方財政難のなかで、私たちをとりまく地域課題が深刻化している。

いま人と人が手をつないで支え合い、暮らしやすいコミュニティを築き、「自分たちでできることは自分たちでやろう」という市民の主体的な考え方が生まれている。そこには行政だけではできない、市民だけでもできない、けれどもみんなで手をつなぐことで、地域課題を解決する糸口が見いだせるのではないかという可能性が展望されている。

そこで注視すべきことは、国連が2005年から「持続可能な開発のための教育の10年」として、先人たちの知恵や伝統技術を含め、有形無形の自然・文化遺産などを後世に引き継いでいく、持続可能な社会のあり方を学んでいくよう呼びかけていることである。

私たちはいま地域に“あるもの”を活かすために、市民の参画と連携によってさまざまな方法と工夫を用いて、また積極的な情報発信をすることで、幅広いネットワークづくりと人づくりをすることで、その糸口があると思っている。そして、それが地域の活性化につながっていくとともに、市民が主役になった地域づくりのあり方につながっていくのではないか。ただ、深刻になっている地域課題を解決していくためには、どんな地域コミュニティが求められているか、またどのような協働関係がつくられることが重要なのかを念頭におき、市民を主役にした地域づくりを模索しながら、持続可能な地域社会のあり方を追求していきたい。

 

(3)生涯現役で活躍する長寿社会を

安房では、人口の3割を大きく超えた超高齢者の地域社会、いわゆる「長寿社会」になっている。「生涯学習の観点にたった『少子高齢化社会の活性化』に関する総合的研究」(聖徳大学生涯学習研究所)では、これからの地域活性化を担う団塊世代を中心としたシニア層を生涯現役で創造し続ける世代と位置づけ、老人や高齢者に代わる呼称として「創年」という概念を提唱している。実際、豊かな経験や知恵をもつ「創年」は、地域への関心や学習意欲が旺盛である。

地域の「創年」たちが集い、これまでの教養的なもので語られてきた学習講座の枠から一歩出て、来訪者に地域を語る場に関わっていくことは、いま置かれている長寿社会での市民活動のあり方をさぐるきっかけになるのではないか。つまり、持続可能な地域社会の担い手として、長寿社会で活躍している「創年」たちの市民活動に注目していくことが重要ではないか。

この10数年、房総里見氏の城跡や戦争遺跡などの文化遺産を保存・活用する市民活動をベースに、2004年にNPO法人を設立し、地域文化の再生や地域づくりのあり方を学びつつ、具体的な市民活動に取り組んできた。いま地域にある文化遺産を活用した平和研修や地域づくり視察などのスタディツアー・ガイドを実施してきたが、いわゆる「創年」のメンバーがガイドとして地域の文化遺産を紹介し、NPO活動を通じての社会貢献活動に取り組んできたことは、その姿を証明しているといえる。

 

3.生涯学習による地域(まち)づくりを

南房総・安房の歴史的環境や文化遺産から見える地域像と、先人たちが培った「平和・交流・共生」の精神を学び、市民が主役となってそれらを活かした生涯学習による地域づくりをすすめていきたいと思っている。まず、その展望の時間軸には「創年のたまり場/市民大学」構想をおき、また地域という面の軸には「地域まるごと博物館」構想をおいて、地域コミュニティの人びとと連携を図りながら、支えあう地域社会や交流文化を育んでいくことが可能ではないかと考えている。そこでこの4年間、私たちのNPO活動のなかに、そのモデル的な取り組みをおこなってきたことを紹介したい。

 

①「地域まるごと博物館」構想 〜館山地区をモデル事業に

(行政・博物館/各地区コミュニティ委員会/企業/病院・学校との協働)

②コミュニティの生涯学習まちづくりと交流拠点(創年のたまり場/市民大学)構想

 

今日、豊かな知識や知恵をもった団塊世代を中心としたシニア層を生涯現役で活躍し続ける創造的世代=「創年」と位置づけ、生涯学習の視点から地域づくりの新たな担い手である。地域をより深く学んだ「創年」は、「地域まるごと博物館」のいわゆる地域の“学芸員”であり、新しい教育観光のガイド(インタープリター)である。生涯学習や自己実現の場である「創年のたまり場」は、を結ぶ交流拠点であるとともに、地域課題を解決し活性化を図るために市民と企業や学校・行政がつながる場となっていくはずである。地域に関心や誇りをもった市民が、それぞれの得意分野を活かした社会貢献活動を前提とし、社会教育の場として「創年」の市民大学につなげていきたい。(「福留」構想に学ぶ)

 

a.「平和・交流・共生」の精神が活きる持続可能な地域(まち)づくり活動

・「地域まるごと博物館」構想を広がりの地域の面を軸に

・「生涯教育と人づくり」構想を流れのある時間を軸に

b.若者の雇用の場づくりと地域コミュニティの再生

・たとえば「旧安房南高校」校舎を使って人材養成のための市民大学創設

・移住者たちや都市・農村交流の子どもたちのために場を提供する

 

4.地域課題を解決するために、看護学校を核にした市民大学の創設を

館山市では地域活性化の目玉として、市民が主役となって自然・歴史・文化を活かした体験観光交流の取り組みが図られているが、その一方で安房での少子高齢・過疎化の現状は、医療や福祉、教育などをはじめとして地域振興や地域財政にとっても重要課題となっている。地域課題解決へのアプローチを視野に、人材養成をはじめとして将来的な現状を見据えた取り組みが求められているが、なかでも地域医療と看護師問題は緊急の課題になっている。

長寿社会である安房において高齢者が健康で生きがいをもって、生涯現役で活躍することは、さまざまな地域課題を解決していく糸口になるはずである。また、これからの生涯学習には、従来の公民館や生涯大学が担ってきた社会教育の域を一歩出て、学習の成果を地域社会に役立てる地域(まち)づくりシステムが必要である。

そこで提案しているのが、統廃合のために廃校となった、たとえば「旧安房南高校」校舎などを活用して、看護学校を核とした地域の人材養成と「生涯学習まちづくり」のための市民大学を創設してはどうかということである。いま地域では超高齢化にともなう医療・介護・福祉関係機関のあり方が大きな不安をもたれ、なかでも医療・介護・福祉の現場での看護師不足の結果、病床を閉鎖する病院が急増している。安房において看護師問題から地域医療の危機がはじまっている。 安心・安全な地域にするためにも、いま市民が一番願っている地域医療の充実をベースにした地域(まち)づくりをしていくことが極めて重要となっている。現在、地域に開かれた医療機関にしたいと取り組んでいる病院では、市民活動との連携、とくにNPOフォーラムとの協働関係を模索している。実はきっかけとなったのが、地域にある2つの看護学校の廃止問題である。この問題を放置していけば、この地域における医療崩壊が確実におこっていくだろうと認識している。

この取り組みのなかで、地域コミュニティの再生のために地域医療がどうあるべきか、またそのなかで医療・介護・福祉機関がどうあるべきか、を市民が主役になった地域(まち)づくりとして、医療問題に関わっていこうとNPO活動や市民活動がはじまった。市民向けには「安房の地域医療を考える市民の会」を立ち上げ、まず2008年11月28日に120名が緊急に集まり、「医師と看護師と市民の集い」を開催した。その後6回にわたって医療従事者や市民たちがミニ集会を実施しながら、いま置かれている医療現場の実態に学びつつ、市民にとっての地域医療のあり方を話し合うなかで、いま市民にやれることは何か、とくに地域(まち)づくりのなかでどんなことが可能かの率直な意見を交わしてきた。

そのなかで、看護学校を核にして、生涯学習的な視点とともに事業性がある市民大学の必要性がより鮮明になってきた。安房が育んできた医療文化や食文化、地場産業など、歴史的な地域特性をいかした人材養成が可能な「まちづくり市民大学」の青写真を早急に描きたいと思っている。