【あした転機にな〜れ】1703描きたくなる房総の風景(ひらい)

描きたくなる房総の風景

青木繁の「海の幸」を生んだ布良の海

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青い海に囲まれた房総は、名画のふるさとでもあります。浮世絵の時代から美に敏感な巨匠たちに愛された半島は、特に明治から昭和にかけては人気の写生地として、たくさんの作品に描かれました。のどかな春の日差しの中、画家たちの足跡をたどって、房総風景の魅力に酔いしれませんか?

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初めて国の重要文化財に指定された洋画

サメをかついで砂浜を帰っていく裸の漁師たち。誰もが美術の教科書などで一度は目にしたことがある「海の幸」は、1967年に油絵として初めて国の重要文化財に指定されました。所有者の石橋財団が新しいブリヂストン美術館の開館準備に入ったため、今は「海の幸」も各地を巡回中。オリンピック開催の頃には、千葉からもアクセスの良い東京駅近くで、青木繁作品をまとめて鑑賞できる予定です。

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青木繁がひと夏を過ごした小谷家が記念館に

東京芸術大学の前身である東京美術学校を卒業した青木繁(1882-1911年)は、画家仲間(恋人の福田たねを含む)と写生旅行に出かけます。行き先は同郷の詩人から「ことさらに美しい海岸」と聞いていた布良。この若き画家4人をひと夏、無償で世話したのが網元の小谷家でした。青木は、この家で地元の漁師にもモデルになってもらって「海の幸」を描き上げました。28歳で亡くなった青木の最高傑作は、こうして布良の小谷家で生まれたのです。


全国の画家600人以上が組織を立ち上げて寄付金を集め、長年活動してきた地元有志や館山市と共に、小谷家保存を実現。「青木繁≪海の幸≫記念館」として一般公開して、この春で1周年を迎えます。その活動で画家たちを束ねたのは、絵画愛好家で女子美術大学の名誉理事長でもある科学者の大村智博士(2015年ノーベル賞受賞)。記念植樹の石碑には「美は人を養う」という博士の言葉が刻まれています。


記念館の庭には、安房地域の高校で美術を教えてきた館山美術会顧問の彫刻家、船田正廣氏の塑像によるブロンズレリーフもあります


ウオーキングコース「画家が愛した漁村のみち」の看板をたどって布良の海辺を歩くと、波の形、雲の配置、船の造形など思わず指のフレームで構図をきめたくなる絶景に何度も出合います


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小谷福哲(こたにふくあき)館長インタビュー


—これが「海の幸」ですね!実際も同じ大きさですか?


はい。原寸大の複製です。先頭の漁師は、14代目当主の小谷喜録がモデルと言われています。


—地域や美術関係者の期待に応え、小谷家を記念館にされたのですね?


実は、家の一般公開はオヤジ(16代目の小谷栄)の独断でした(笑)。当時はまだ家族が住んでいたので引っ越したり大変でしたが、多方面の協力を得て昨春オープンし、土日のみの公開で12月末までに2600人がいらっしゃいました。開館準備中に押し入れから貴重な品々がごっそり見つかったんですよ(詳細は館内で)。ここは今では郷土資料館も兼ねていますし、時には、浄瑠璃の会場にもなります。


—布良に文化発信基地が誕生したわけですね!まだまだ新たな発見がありそうで楽しみです。館内を丁寧にご案内くださり、ありがとうございました。


Data

青木繁「海の幸」記念館

館山市布良1256

土日10:00〜16:00(10〜3月は〜15:00、年末年始とお盆は休)、平日は10名以上で要予約

一般200円、小中高100円 徒歩2分の「安房自然村」バス停付近に駐車可

問い合わせ先:NPO安房文化遺産フォーラム TEL 0470-22-8271


3月3〜5日は「ひなまつり」、G.W.は特別イベント開催


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