【論文】大原一興
文化遺産を活かしたエコミュージアムのまちづくり
大原一興(横浜国立大学大学院建築計画研究室教授)
近年、日本でもエコミュージアムあるいは「地域まるごと博物館」「生活・環境博物館」などと呼ばれる取り組みが各地で見られるようになってきた。エコミュージアム(ecomuseum)とは、「ある一定の地域において、地域住民が主体となって、有形無形のあらゆる地域資源に対して博物館活動、すなわち調査・研究、保存・保全、展示・教育を行うシステム」のことである。決してテーマパーク的な集客施設ではなく、地域住民の生涯学習活動を基本としたまちづくりの手法である。博物館活動を行っていく中で、地域住民は地域のことを総合的・多面的に捉え、地域の現状を知り、将来像を描き、生きた博物館として地域を運営していくことが期待されている。むしろ、地域の価値をつくり育てていく住民に、その意識と活力が無ければ、地域の発展は期待できないとも言える。
三浦半島においてはエコミュージアム化に向けて、2000年に発足した「三浦半島まるごと博物館連絡会」が推進役となり、市民団体や行政が交流・連携を図っている。「三浦半島」という言葉で統合された自らの地域に対して、住民が誇りを持って大事にし、守り、育て、自ら作り上げていくための活力・技術・意欲・精神を獲得していくことを目的として、四市一町の範囲における様々な活動や地域資源を「つなぐ」ことが特徴としている。
一方、房総半島南部の安房地域では、1980年代から戦争遺跡や中世城跡などの保存を求める市民運動が始まり、史跡化を実現するとともに、NPO法人安房文化遺産フォーラムの活動(以下NPOフォーラム)として「館山まるごと博物館」構想が実践されている。自治体においても『平和・学習拠点形成によるまちづくりの推進に関する調査研究―館山市における戦争遺跡保存活用方策に関する調査研究―』報告書(2003年)のなかで、「地域まるごとオープンエアーミュージアム・館山歴史公園都市」構想を打ち出している。具体的には、2004年に赤山地下壕跡を整備・公開し、翌年には市指定文化財とし、2011年に里見氏稲村城跡の国指定史跡を具申し、翌年には告示を受けている。また、少子高齢化の進む漁村の富崎地区では、コミュニティ委員会を中心として「青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会」を発足し、NPOフォーラムが事務局を担って地域活性化を図っている。これは重要文化財の絵画作品『海の幸』そのものを展示物とするのではなく、その製作の背景となる村の環境や人々の暮らしを展示していることがエコミュージアム的な展開そのものとして注目できる。2008年に館山市指定文化財となった小谷家住宅(青木繁が滞在)は、全国の著名な画家によるNPO法人青木繁「海の幸」会によって修復費用の募金が進められ、自治体は「館山市ふるさと納税」制度を整備して基金の受け皿を補完している。
さらに2013年7月には、横須賀市追浜地区で東京湾要塞第三海堡の戦跡保存・活用とまちづくりを進めているNPO法人アクションおっぱま(昌子住江理事長)が館山を訪れ、NPOフォーラムとの協働でシンポジウム「東京湾まるごと博物館」を開催し、両半島をむすぶ広域連携の「まるごと博物館」ネットワークの可能性を模索し始めている。
地域住民と自治体と全国的な活動が多様に連携し、ダイナミックに展開している「館山まるごと博物館」は、国内外に誇れるエコミュージアム活動のひとつといえる。
さて、このエコミュージアムは、有形無形の文化財や史跡、自然環境など、広範な地域遺産を対象としているが、なかでも、その時代の最先端技術の発露として産業の基盤となり、日常に利用されることにより地域の生活を支えてきた様々な産業遺産や土木遺産は、地域の歴史そのものを明確に可視化してくれる遺産である。
その活用事例のひとつ、スウェーデンのベリスラーゲン・エコミュージアムには現在61カ所ほどのサイトが紹介されている。中には、UNESCOの世界遺産に登録されているエンゲルスベリ製鉄所も含まれており、鉱山や坑道、鉄鉱石の採掘所、運河、水路と水車、それから動力を伝達する仕組み、溶鉱炉や製鉄所、鉄工所など、鉄の歴史に関わる一連の土木遺産が保全されている。広範な地域に点在するそれらの施設の所有者は公私様々であるが、維持管理は主として各サイトの住民組織のNPOが行い、専門的な保存調査研究は地元の研究機関や国の文化財当局等が行っている。日常的には市民の調査活動により保存状態を監視し、それぞれのサイトの解説や現地ガイドも研修を受けた住民が担っている。これらのサイト間の交流・調整はじめ全体のマネージメントはエコミュージアムの専属職員がおこない、必要な補助金の申請や、保全活動手法のアドバイス、各サイトの情報提供、もろもろの相談に応じている。中心の無い地域全体の取り組みとして多様な組織の協働が成り立っているからこそ、点ではなく面としての地域の歴史文化を、そのまま学びの場として機能させていくことができるのである。
もうひとつ示唆的な事例として、かつて銅の採掘で栄え、当時に形成された美しい木造建築の街並み全体が世界遺産に登録されているノルウェーのロロスという町が挙げられる。ここでは、栄華と同時に、銅山における鉱害の環境汚染という過去を持っている。この歴史を町の負の遺産として伝え続けなければならないという住民の意志により、ロロス・エコミュージアムでは銅鉱の保全や採掘技術に関する展示、労働者の住宅などとともに、観光客に人気のある場所とは別に鉱毒に汚染された土壌、地域もそのままの形で保存している。守るべき遺産とは、決して住民が誇りとして護りたい遺産だけではない。「負の」歴史もまぎれもない地域アイデンティティのひとつである。1977年に鉱山会社が倒産して以来、保存という名の下に汚染された赤い土地は放置されていたが、現在わずかながら自然の植生が回復しつつある。汚染されたままの状態で地域を保護すべきか、あるいは回復にまかせるのが良いのか、今後どのような手段を選ぶべきか検討されているが、最終的な決定は、これからの地域を担う住民の意志にゆだねられているのである。
日本でエコミュージアムを展開しようとするとき重要なことは、地域住民の将来の生活と地域社会づくりに向けたまなざしであると言えよう。各地で見られるエコミュージアム的な取り組みは、その理念を十分に理解しているといえないところも少なくない。文化財の保存・活用は単に観光目的で進められるのではなく、地域の人びとが生活文化の歴史にどのように関わってきたのかを学習したうえで、これからの地域を作り上げていく主体(住民)を育てるという生涯学習の視点から展開していくことが大切。その点、「館山まるごと博物館」は活動に関わる人びとがその考え方をよく理解していると思う。
*参考文献
・大原一興『エコミュージアムへの旅』鹿島出版会(1999)
・大原一興「土木遺産とエコミュージアム」『土木史フォーラム』№23(2003.4)
・大原一興「三浦半島における市民活動によるエコミュージアムの展開‐地域を学ぶ場としてのエコミュージアム活動に関する研究」住総研「住まい・まち学習」実践報告論文集9(2008)