【論文】福留強
「創年」が活躍する生涯学習まちづくり
福留 強(聖徳大学生涯学習研究所長、名誉教授
NPO法人全国生涯学習まちづくり協会理事長)
1.はじめに
JR松戸駅前にひときわ目立つ聖徳大学10号館のなかに、聖徳大学生涯学習研究所とNPO法人全国生涯学習まちづくり協会がある。生涯学習まちづくりをテーマに研究・分析するとともに、全国で活躍するまちづくり活動の団体をネットワーク化し、事例を学び合い情報交換することで、さらにお互いの活動を活発にしていくための拠点である。大学と地域社会を結ぶ役割としてNPO法人を発足している。
まちづくりとは何か。交通基盤や生活環境の整備、都市景観づくり、さらに医療福祉や教育の充実、防災・防犯などの都市機能を整備するなどのハード面だけではなく、町の特色づくりや市民参画などのソフト面も重要である。地域活性化の最大の狙いは、住民が生き生きと創造的に暮らしている状況を指す。一人ひとりが地域で何らかの役割を果たし、大切にされていると実感し、生きがいを持ち、それぞれの分野で活動している姿こそ、活性化といえるだろう。その手法の一つとして、生涯学習まちづくりという考え方が注目されている。
生涯学習は、自己の向上と生活の向上を目ざす学習で、その領域は市民生活のあらゆる範囲にわたる。自己を充実させるために、目標をもって主体的に学び、学習の成果が生かされることによって喜びは大きくなり、さらに意欲がわき、生活にもハリが出てくる。各自が持ち味を発揮し、生きがいを持つとともに、お互いに学び合うことによって連帯感が高まり、地域コミュニティが活性化されていく。
生涯学習のもうひとつの目標は「学習することによって生活を豊かにすること」である。心を豊かにするのはもちろん、衣食住など生活そのものも豊かにすることだ。そのためには、生活の現状や地域課題を見つめ直し、生活をよりよく改善するための学習が必要である。全国に「生涯学習宣言のまち」が増えている。それは、住民にとって学ぶ機会と環境施設が整備され、学習支援システムが充実しているまちである。千葉県館山市もその一つであり、県内の人口対比ではNPO法人の数が最も多い自治体で、市民活動がさかんである。なかでもNPO法人安房文化遺産フォーラム(以下、NPOフォーラム)は、文化財の保存と活用を中心とした「館山まるごと博物館」を横軸に、生涯学習まちづくりを縦軸として活動を展開している。
2.「創年」のたまり場と市民大学
市民が学び合い、自治能力を高め、相互に尊敬し合うコミュニティの形成は、まちづくりの究極の姿である。かつて例のないほど高齢化が進んだ現代社会において、新たな目標を掲げて人生に再挑戦している人びとが増えている。定年退職後、あるいは子育てが終わり、自由な時間ができたとき、再び学習を始め、身につけた知識や技術を地域社会に活かそうとする積極的な生き方は、生涯現役の創造的な生き方といえる。そういう人びとは、老人・高齢者と呼ばず、これからの地域社会を担っていく重要な人材として、「創年」と呼ぶ考え方を私は提唱してきた。実年齢の7掛けを「創年」年齢として自称し、その若返り分の年月を地域社会に貢献するように呼びかけている。地域に活躍する「創年」が増えれば、高齢社化会も捨てたものではない。今、日本人固有の文化性が失われつつあることが喧伝されているが、「創年」の力が新しい国づくりに向かう青少年指導に発揮されることが期待される。
高齢期に入るとき、自らを「創年」と位置づけることで、まず精神が若返る。「創年」に年齢制限はない。年齢を超え、立場を超えた「創年」仲間が気軽に集い語り合うう拠点として、「創年のたまり場」が注目されている。地域とかかわり、仲間と学び合い、自己を活かす場、いわば「創年」デビューの場といえる。
「創年」が学ぶ場として、自治体主催の講座からステップアップした官民協働の「創年市民大学」が立ち上がっている。住民自ら企画・運営に携わり、共に学ぶ生涯学習まちづくりの理念に沿った実践である。プログラムには、資格取得や大学の単位に結びつくものなど、これまでの生涯大学や市民講座にはなかった視点を取り入れている。こうした工夫が、学習したスキルを毎日の生活に活かし、あるいは仕事づくりへと発展させている。
鹿児島県志布志市の「創年市民大学」では、市長が学長となり、校歌や修学旅行もある。修了者が「創年団」を立ち上げて、青パトとともに青少年健全育成に活躍し、市内の犯罪を3割減らしたという成果報告もある。栃木県矢板市では、13回の講座やワークショップを通じて古老の聞き取りを重ね、「ふるさと矢板の歳時記~伝え残したい年中行事」の冊子をまとめ、好評を得ている。
当NPOでは各地の取り組み支援をするとともに、「年金プラス5万円」を合言葉として仕事づくりを目ざした資格講座を開催している。「地域アニメーター講座」「まちづくりコーディネーター講座」「旅のもてなしプロデューサー講座」をはじめ、他機関と連携して旅程管理主任者などの資格につながる講座などがある。
館山では、NPOフォーラムが活動拠点としている大正期の銀行建物「小高記念館」は、まさに「創年のたまり場」である。毎週月曜日には「創年」の女性たちが留守番をして、来訪者の対応や掃除などに活躍している。戦争遺跡を中心に地域の多様な文化遺産をガイドするメンバーがここに集まり、情報交換や調査活動、学習会などを行なっている。
毎月第4火曜日に開かれる「知恵袋講座」では、活動メンバーが持ち回りで語り手となり、自らの学習・研究成果や体験や趣味などの話題を提供し、他のメンバーと分かち合っている。また、地域課題を見つめ市民の手で解決の糸口を探るきっかけとして、「元気なまちづくり市民講座」を連続開催している。今年度は文化庁「文化遺産を活かした地域活性化」事業の一環として「ヘリテージまちづくり講座」を連続開催した。
こうした市民活動の成果として、漁村の「創年」女性が作った伝統的な家庭料理のレシピ集『おらがごっつお』や、小学生の作った『タカラガイ図鑑』、市民手作りの美しい『あわがいどマップ』などが生まれ、NPOフォーラムの多彩さには目を見張るものが多い。
3.文化遺産を保存し、まちづくりに活かす
NPOフォーラムの活動の原点は学校教育にある。世界史教師であった愛沢伸雄氏が地域の戦争遺跡に注目し、独自の調査研究と授業実践から、公民館講座の戦跡フィールドワークを経て保存運動が生まれた。同時に、市道建設計画にあった里見氏城跡をまもろうという運動が起き、愛沢氏は2つの保存運動の旗手となった。20年にわたる市民運動が実り、平成16年に館山海軍航空隊赤山地下壕跡が館山市指定史跡となり、平成24年に里見氏稲村城跡が南房総市の岡本城跡とともに国指定史跡となった。さらに、少子高齢化の深刻な漁村・富崎地区の活性化を目ざし、青木繁《海の幸》誕生の小谷家住宅の保存と活用を呼びかけて、平成20年に館山市指定文化財とし、地元住民と全国の画家とともに修復基金を募っている。また、アワビ漁師の移民と戦争の歴史から日米交流を、ハングルの刻まれた江戸期の石塔から日韓交流を実践し、あるいは看護学校閉校を機に地域医療を考える市民の会合を呼びかけるなど、その活動の広さは枚挙にいとまがない。
行政の及ばない分野に積極的にかかわり、地域課題に向き合い、学習からその解決へと取り組んできた。その粘り強く息の長い活動は全国でも先進事例として評価され、平成18年度あしたのまち・くらしづくり活動賞では内閣官房長官賞をはじめ、平成20年度千葉県文化の日功労賞、平成21年度文化財保存全国協議会和島誠一賞、平成22年度日本都市計画家協会まちづくり教育部門賞、平成24年度千葉県文化財保護協会功労賞に輝き、平成26年春には館山市長の感謝状を授与された。
NPOフォーラムの活動は、①文化の継承・保存に関わること、②活動そのものが文化研究であること、③現在の生活とのかかわりにおいて検証すること、④多様な活用方法を創出し、国内外の交流ネットワークを構築していることなど、きわめて意義深い。さらに、地域資源に磨きをかけることは観光振興に貢献することになり、新しいまちづくりにとって重要な活動である。
観光の語源は『易経』の「国の光を観るは、もって王に賓たるに利し」であり、その意は「その地方の優れたもの、素晴らしいものを、その地方の代表者、権力者のところに来る来賓に見せてもてなすのはよいこと」である。国の光とは、自然の美しさ、歴史・文化的建造物から、伝統芸能、産業、制度など、時には目に見えないものまで、あらゆる分野にまたがる。これらの「光」を、心をこめて「観る」ことが本来の観光の醍醐味だといえる。輝かしい物事を仰ぎ見るという心持ちである。また、「観る」には「示す」という意味もあり、「光を誇らしく示す」という意味も併せ持っている。
観光資源となる「光」は磨かなければ輝かない。それを輝かせるのが市民であり、生涯学習まちづくりの視点から、次のような「さしすせそ」に手順を追うことができる。
NPOフォーラムは、地域をまるごと博物館と捉えて「さしすせそ」の活動を展開している。メンバーは市民研究者であり、市民学芸員である。NPOフォーラムのスタディツアーでは、同じ地域資源であっても、平和学習やまちづくり視察といった来訪団体の目的によって、ガイドの切り口が異なる高度な技術を有している。さらにガイドは、ホストとゲストという関係に留まらず、交流を重視している。たとえば、退職教員の団体であれば退職教員のガイドが案内し、年金者組合が来訪すれば同安房支部の会員がガイドするなど、同じような活動を共有する市民層がツアーを対応する工夫により、共通の話題で交流ができ、もてなしの心が倍増する。
4.市民を主役にする行政の役割と協働の姿
まちづくりの歴史をひもとくと、敗戦後の混乱の中から、荒廃した国や地域の再建のため、全国各地で青年団体や婦人団体が活動の担い手になり、環境衛生の改善、因習の打破、社会や生活の合理化、民主化をすすめ、町や村を再建していこうとする「新生活運動」が生まれた。昭和57年、自治省はより良い地域づくり実現のため、コミュニティづくりを目標に掲げた。これにいち早く応え、全国に先駆けて作られたのが館山市コミュニティ委員会である。従来型の町内会のもつ限界を打破し、全住民参加型の主体的な組織として注目された先進事例である。現在の盛んな市民活動の原点といえるかもしれない。
昨今では、変動の激しい複雑な現代社会の中で多様なニーズが生じており、国や地方自治体がこれまでのような公共サービスを維持することが難しくなっている。行政の機能が縮小していく一方で、「自分たちにできることは自分たちでやろう」という市民活動が増えており、「新たな公共」の担い手として期待されている。今、日本のまちづくりは確実に「市民が主役」となりつつあるが、活動する個人の志しと資質に頼り過ぎており、多くのNPOではその人材に十分な人件費が捻出できていないという重大な課題が残っている。「新たな公共」の担い手が、格差社会の低所得者層にならないように配慮した社会の仕組みづくりの工夫が急務である。生涯学習まちづくりの視点から、行政に望むことを列挙してみる。
最後に、NPOフォーラムが築いてきた行政との協働関係を見てみたい。ここには、文化財保存の考え方において、市民と行政が相対してきた歴史がある。それを乗り越えた今、NPOフォーラムは市民と行政との接着剤となって、「新たな公共」として様々な連携を実現している。その代表的な例は、青木繁が滞在した小谷家住宅に関わる地域活性化事業である。
小谷家当主は、疲弊した漁村の活性化のために私宅の公共化を承諾しているが、館山市指定文化財ではあるものの、個人所有のため維持修理費は所有者に委ねられている。そこでNPOフォーラムが事務局を担い、漁村集落の住民主体で「青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会」を組織した。一方、全国の画家が小谷家住宅保存の応援団として組織したNPO法人青木繁「海の幸」会では、チャリティ展覧会の売上や寄付を募って修復基金に積み立てている。この動きを受け、館山市教育委員会では、寄付の受け皿としてふるさと納税制度を整備し、小谷家住宅の保存・活用事業を指定すると税控除が受けられるようにした。目標額約3,600万円のうちおよそ半分の募金が集まったため、平成28年春の公開を目ざし、今春より修復事業に着工することとなったという。
文化財建物所有者・地元住民組織・全国応援団組織・行政の四者がスクラムを組み、それぞれの役割を果たしながら、文化遺産を活かしたまちづくりに取り組む館山モデルは、日本を代表する生涯学習まちづくりの事例といえる。館山市には市民活動補助金制度がないが、館山市教育委員会生涯学習課が窓口となって、NPOフォーラムが文化庁「文化遺産を活かした地域活性化」の補助事業を受けられるよう支援しており、本報告書もその一環で作成されている。
まちづくりに完成はない。これからもまちづくりリーダーである「館山まるごと博物館」の活動に注目していきたい。