医療伝道
●秦呑舟(はたどんしゅう)
●コルバン医師夫妻
夫婦とも福音宣教、医療伝道に北海道で活躍。1905(明治38)年に夫が倒れ、八幡海岸で転地療養。当時、周辺には療養中の結核患者が多く、一高や外国語学校の寄宿舎もあり、宣教活動を行なう。任地函館と英国を往復するが、病状悪化に伴い、一時帰国。1912(大正元)年に再来日、自給宣教師として生きる決意をし、八幡海岸に結核療養者のための養生院(コルバンホーム)を建て、北条町のキリスト教会(現聖アンデレ教会)で伝道に尽力した。この年、石川啄木が死去し、妊娠中で結核を患った節子未亡人が夫妻を頼って、八幡海岸の片山かの宅で療養中に次女・房江を出産。震災後も医療伝道を続け、南三原に教会と幼稚園を設立し、伝道を広めるとともに、安房地域の幼児教育にも貢献した。夫妻とも、城山麓のキリスト教共同墓地に永眠。