李埈鎔の書(朝鮮王族)
李埈鎔(イジュニョン)
千葉県館山市布良の小谷家住宅(館山市指定文化財)より、「韓国 李埈鎔」の署名入りの書を発見。同住宅は1904(明治37)年夏、画家の青木繁が滞在し『海の幸』(重要文化財)を描いた家であり、2016(平成28)年に青木繁『海の幸』記念館として開館。
その後の調査により、李竣鎔は韓国の王族(高宗の甥)であることが判明。さらに、鋸山の日本寺(鋸南町)の山門の扁額「乾坤山」も李の書による。
李は、王位継承問題に巻き込まれ、国王廃位の陰謀者として流刑になり、1896(明治29)年日本に留学、翌年欧州へ視察。1899(明治32)年から日本に亡命し、日本政府の監視下で北条町(現館山市北条)に滞在時、韓国からの刺客による暗殺未遂事件が起きたことも公文書にて確認。
「江上 晴烟人似樹楼中紅燭妓如花 韓国李竣鎔」
(大意)大河の上の明るい霞の中に立つ人は樹に似ている。楼閣にゆらめく紅い灯の中に立つ遊女は花のようだ。
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