”二日前の井戸端で
”こんちわ おめぇ布良のあまさけやさん親戚だっぺ?”
”そだけど”
”旦那が画をかくって知ってか?””知らないね”
”夢幻庵というギャラリーにあったよ”
画家で油絵の田中夢幻さんのギャラリーだ
富崎公民館に本を寄贈してくださった・・本をいただきにいったから覚えていた
館山にこんな山の中あったっけというところだったな 驚いたけど
寂しいというよりほっとする風景の中にあるギャラリーだ
奥さまは聞き上手で話上手 作衣の似合うかわいいかた
お茶をいただく美味しい 薪ストーブだ
色々な方の作品を展示しているとか
展示されるかたとふれあいができ輪が生まれる
ここはコミニテイの場 それがうれしいとおしゃる
小谷家が開館してそんなみんなが集まる場ができたらいいなと思う
布良の嶋田芳雄さんの日本画 虎 浮世絵 独学ですって・・・拍手します


渡辺美奈子さんつるし飾り
”ありがとう はばのり この前テレビでみて食べたいと思った”と
遠方の親友から電話があった
テレビでの撮影場所と はばのとったところが違うけどね 季節を感じてね
相浜産だよ・・海女さんがとったものだ
食べ方
さっとあぶる(色がかわるよ)手でもむ
炊きたてのご飯を少し大きめの茶碗に もんだ はばのりをかける
その上にしょう油をかける 味の素を少しふる人もいるよ
いただきます・・磯の香とはばのりの香りと ”うっんめの-” (昼に食べました)
”あんもおかずが ねってもこんだけで満足だね” と

外房で正月の雑煮にはばのりをいれるところもあるね
明治大正期房総で収集した布などを研究保存している
「あわコットンクラブ」さんが富崎の公民館で元漁師さん達に話を聞きたいと
みえた その席へ誘ってもらった
”これは布良にあった布です かつお縞といいます たぶん着物ではないかと?”
布良の青木さん達が縄糸のよりかた 柿しぶで染め防水を施すし干すまでの行程説明
潜水夫が着用した上下の編み物 編み道具 自分が編んだものなどみせていただいた
さらに糸の結びの色々を ・・・ただ ただ 驚く私
思いおこすと父も編み物をしていたなあと
漁師さんだけでなくすべての生活の中に
富崎は宝を抱えた人がたくさんいるのに 眠っている どんな場所をつくったら
その素晴らしい知恵を教えてもらえるのかな
木内鶴彦先生の話が浮かんだ

1月27日 夜9時40分
もしかしたら布良星が天候により見られるかも知れない
木内鶴彦先生の言葉に私達は見たいと思った
元船乗りだったお隣さんのご主人は相浜の水平線を見て今日は無理というが
それでもお隣の奥さんと私はお願いねといい
ご主人の車で布良の大山のパラグライダー発着場所へいく
10名くらいの人が集まるが星もなく雲がかかってみられない
28日夜9時34分(着ぶくれてころびそうだ)私達三人
月がでて星も出ている 夜、航行している灯りがたくさんでなんと美しい・・
水平線に白い雲がかかっている あの雲がなければとため息 残念
大山よりコンパスで真南を向いていつか観ようねと帰る
木内鶴彦先生は彗星探索家
(チェニス・木内・中村彗星発見、以降4つも星にご自分の名がついているとか)
すごい!
宇宙を見て地球を考えると題して先生の活動の話
布良崎神社の境内のいわくらが何に使われたかも話してくださった
海、山のある この布良には循環型村つくりをやろうと思えは出来るのではないか
などおしゃっていた 住民が聞いたらどう考えるだろうかな
年々ランナーの参加が増えているとか 館山にようこそ
晴れ、風もなく、寒さもやわらいでいます
海を見ると富士山がうっすらみえます
波がなくサーファーは退屈しているのかサーフボードに立って
こいで遊んでいます
新田の渚にはかもめが群がっています
フラワーラインは菜の花がきれいです 馬にも手を振っているランナーもいます
遊歩道沿いの乗馬クラブの馬も犬も温かい日差しの中で応援しているようでしたよ
私は勿論 がんばらっしぇーとね 声を張り上げて・・うっせかな?・

安房文化遺産フォーラムのヘリテージまちづくり講座に参加
ぶったまげたね 富崎に住んでいて何人の住民がこの富崎に
こんな壕があることを知っているだろう
いつごろから誰達の手で掘られたのだろうか、住民は勤労に
かりだされなかったのだろうか
布良本土決戦陣地「坑道式砲兵陣地」跡
すぐそばの屋敷の方の山と聞く そこは相浜にあるが大神宮になると思う
その山主さんと近所でよくそこで遊んだりしたという人の案内で地下壕に入る
迷子にならないようにひたすらついていく 広い部屋らしきところもある
ぽっかりと空いた穴からは平砂浦がよく見える
詳しくはNPO安房文化遺産フォーラムのホームページを見てください


朝10時半 晴れてきました 工事状況を文化財審議委員の日塔先生、
施工者の菅田様、設計者の中村様、海の幸会の吉武様、吉岡様、事務局様、
館山市、所有者、保存会役員、事務局が集まり見ました
午後 コミュニティーセンターにて私は出席しませんでしたが
協議会がおこなわれたようです

正月2日になると母が袋を縫って神棚においていた 子供の頃はなんで?だった
年齢が重なって俳句の季語の中に縫初(ぬひぞめ)とか初針があるのを歳時記を買って知った
母はその袋に船祝いの投げ銭を入れ、まとまると子供達が分けてもらっていた
その船祝いも布良も相浜もやらなくなった その後も
袋を作り私は気づくと一円を入れ ためて歳末募金にしていた
今は一円を使うことが多くてたまらない
今年は袋でなく母の思い出の着物で 腰布団、作衣、水屋の割烹着をつくった
作衣はウール、 割烹着は絹物、 腰布団はウール(綿を入れすぎたね)
本を見ながら2日からの仕事がやっと今日できた・・ふうー
今 私は目が悪いのに やめればいいのに ・・いらいらだからだめだね
作ってねと言われても私は不器用だから無理だよ・・・でも見てほしくてね
腰布団は温かくていいよ