
〜赤山地下壕・紙芝居「八犬伝」 & まちなかウォーク〜
8月5日(日)に、夏休みの自由課題をやってしまおう!
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赤山地下壕ガイドサービス
館山市を代表する戦争遺跡です。だれが、いつ、
何のために、どうやって、掘ったのでしょうか。
これを、どんな風に使っていたのでしょうか。
戦争のとき、館山はどうだったのでしょう。
そのころの子どもたちは、どうしていたのでしょう。
終戦の日も近いので、みんなで平和を考えましょう。
*集合=9:30〜11:30
*受付=豊津ホール(宮城バス停1分)
*入壕料=おとな200円・小中高100円
*ガイド料=無料サービス
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紙芝居八犬伝&まちなかウォーク
*集合=14:30
*受付=銀座振興組合ビル休憩所(千葉銀行館山支店の向かい)
*参加費=おとな200円・小中高100円 *駐車場=中央公園(市立図書館となり)
*行程=紙芝居「里見八犬伝」〜まちなかウォーク・歴史文化の再発見
〜銀座ふれあいまつり ◎参加者にはオマケで金券200円のサービスがつきます。
◎紙芝居 『里見八犬伝』
安房をおさめた戦国大名・里見氏をモデルにして、伏姫と愛犬・八房と、8人のイケメン侍が登場する物語です。映画、歌舞伎、人形劇などで人気があり、ドラマではジャニーズの滝沢秀明が主演をつとめました。日本一長い小説ですが、15分でわかる紙芝居を楽しみましょう。
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◎北条まちなかウォーク
大正8(1919)年に鉄道が敷かれ、駅前ににぎやかな商店街がひらけました。東京の政治家や企業人、大学生などの保養地や水泳訓練の地として人気のまちでした。関東大震災や元禄地震の被害も大きく、階段状に隆起した痕跡や復興の歴史もみられます。図書館に近いサイカチの木は、津波のとき登った人が助かったという言い伝えがあり、いざという時に葉が食用・トゲが解毒剤・実が洗剤となるそうです。足もとを再発見しましょう!
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銀座ふれあいまつり
銀座商店街振興組合主催の納涼まつりで、自由参加です。八犬伝紙芝居・まちなかウォーク参加者には、金券200円のオマケがつきます。
*時間=16:00〜20:30
*会場:太田整形外科の前P
(三井住友銀行となり)
⇒●大会要項と申込書はコチラ。


歴史教育者協議会第64回全国大会・千葉
◆主催=歴史教育者協議会
◆日程=2012年8月3〜6日
◆会場
・全体会=習志野文化ホール
・分科会・閉会集会=千葉大学
◆全体会(8月3日)
・記念講演 =講師:高橋哲哉(東京大学教授)
「フクシマから考える〜歴史・現在・未来について」
◆現地見学会
・Aコース=久留島浩さんと語る新しい歴博近世展示(8月3日)
・Bコース=安田常雄さんと語る新しい歴博現代展示(8月3日)
・Cコース=宮原武雄さんと歩く江戸時代の新田村(8月3日)
・Dコース=騎兵連隊と毒ガス学校〜「坂の上の雲」を考える(8月3日)
・Eコース=大逆事件・管野須賀子「針文字書簡」の謎〜手賀沼畔に文人の足跡を訪ねる(8月3日)
・Fコース=払い下げられた朝鮮人〜遺骨の発掘と慰霊の跡を訪ねる(8月6日)
・Gコース=漁船でまわる三番瀬・歩いてまわる漁師町(8月6日)
・Hコース=東京湾岸の古墳群〜ヤマト王権とのかかわりに迫る(8月6日)
・Iコース=成田空港のすべて〜開発・闘争から空の安全まで(8月5〜6日)
・Jコース=佐原の町並みと香取神宮(8月5〜6日)
・Kコース=房総半島の先端から東アジア交流史をみる(8月5〜7日)=館山
・Lコース=東京湾要塞と本土決戦陣地をあるく(8月5〜7日)=館山
◆分科会(8月4〜5日)
・1=地域の掘り起こし
・2=日本前近代
・3=日本近現代
・4=世界
・5=憲法と現代の社会
・6=思想・文化・文化活動
・7=現代の課題と教育
・8=農業・食糧・食育
・9=平和教育
・10=幼年・小学校低学年
・11・12=小学校中学年
・13=小学校5年
・14=小学校6年
・15=地域の中の子どもたち
・16=中学地理
・17=中学歴史
・18=中学公民
・19=高校
・20=大学
・21=障がい児教育
・22=父母市民の歴史学習
・23=社会科の学力
・24=授業方法
・特設=日韓歴史教育交流
◆地域に学ぶ集い(8月4日16:30〜18:30)
・1=戦跡と文化財を活かすまちづくり(館山の活動事例)
・2=将門と古代房総とのかかわりをさぐる
・3=戦争の記憶と現代展示
・4=太平洋を渡ったあわびダイバーたち
・5=杉村楚人冠と体逆事件、そして3・11
・6=辛亥革命と千葉の中国人留学生たち
・7=『ああダンプ街道』その後
・8=韓国の教師と高校生がともに学ぶ「在日」問題
・9=近藤一さんに聞く〜中国戦線・沖縄戦の実相
・10=教科書問題
・11=震災被災地東北からの報告
・12-日中歴史教育交流
◆地域実践報告=浅尾弘子(千葉歴教協)(8月5日)
「子どもの生活に根ざした授業で社会科の学力を育む〜映画『蟹工船』を使った高校日本史の授業』
【タイトル】 花の種を守った人びと
文:池田恵美子(NPO法人安房文化遺産フォーラム事務局長)
『おはなし千葉の歴史』千葉県歴史教育者協議会 2012年7月発行
早春になると千葉県南部の南房総では、菜の花、キンセンカ、百日草、金魚草、ストック、水仙など、色あざやかな花畑が広がります。けれども戦争のときには花禁止令が出され、花の苗を引き抜き、種や球根を捨てるよう命じられました。美しい花畑にも、戦争の悲しみを乗りこえてきた歴史があるのです。
●海辺のくらしと花作り
太平洋に面した和田町(現在の南房総市)は海からすぐに山がせまり、平らな耕作地が少ないため、かつては漁業と林業を中心に暮らしていました。男の人は漁に出て、女の人はわずかな畑仕事をしながら、重いカゴをかついで魚の荷揚げを手伝う日々でした。冬の寒い加工場では足や腰が冷え、指先もかじかんで包丁がうまく握れません。子どもたちも小さな妹や弟の子守りをしながら、浜でワカメやテングサを拾う手伝いをし、家族みんなで働いていました。
苦学して薬剤師になり、朝鮮で薬草の研究をしてきた和田の間宮七郎平さんは芥子栽培に取り組んでいました。その頃すでに房総の各地では花作りの研究が進められており、七郎平さんも花を作ってみることにしました。これまで綿花や麦しか作れなかった和田のだんだん畑は、海に面して日当たりがいいので、花作りに適して他の土地よりも早く出荷することができると考えたのです。まわりの人たちは「食えない花を育ててもしょうがない」と笑っていましたが、川名リンさんという農婦だけはいっしょに花作りの研究をしました。
苦労の末、1922年に花の出荷は成功し、寒菊が1俵3円、キンセンカが5円の値がつきました。男の木こり仕事で1日50銭、小学校の先生の初任給が50円(今は約20万円)という時代のことです。しだいに村人たちも花作りを始めるようになり、寒い冬の日でもまるでじゅうたんを敷いたように、美しい花が色とりどりに咲きました。その年の暮れに鉄道が開通すると、海女さんたちも花カゴを背負って東京まで売りに行くようになりました。
翌年の関東大震災で東京が焼け野原となり、一時は鉄道も止まってしまいましたが、まもなく震災慰霊祭のために花の注文が急増し、再び花作りを志す青年が増えました。そこで和田浦生花組合を設立し、東京だけでなく全国に販路を広げていきました。
●戦争と花禁止令
1937年から始まった中国との戦争が長引くと、「ぜいたくは敵!」として国民は日用品も制限され、塩やしょう油、みそなどの調味料も配給制になり、お米が少なくなるとイモや大豆をつぶして食べるしかありませんでした。
太平洋戦争が始まり、和田町でも男の人には徴兵の赤紙がとどき、戦地に行く人がふえてきました。漁師たちは、発動機のついた漁船が徴用にとられ、魚をとることもできません。海にもぐれる海女さんたちは、アワビやサザエの代わりに、火薬の原料になるカジメやアラメなどの海藻を採集するように命じられました。となりの館山町(現在の館山市)では、軍隊が使う目的で、子どもたちにウミホタルを採取させました。
農家には食糧増産のため作付割当てが命じられ、1944年になると、特に千葉県と長野県では花が禁止作物に指定されました。花畑の苗は抜き取ってイモ畑や麦畑に作り替え、種も球根もすべて焼却しなさいという命令です。村の青年団が畑や納屋を見回って監視し、花の種を持っている農民を処罰されるようになりました。どんなに花作りを望んでも、軍の命令に従わない者や戦争に反対する者は「非国民」と呼ばれて、冷たい目で見られるような社会になってしまったのです。
じゅうたんのように美しかっただんだん畑は、すっかり花が抜かれてしまいました。まるで浜に打ち上げられた海草のようにしおれて、なぎたおされています。泣く泣く種や球根を海に捨てた人もいました。七郎平さんも国の命令にはさからえず、心もちぎれる想いで、大切に育ててきた花々を抜き取ったといいます。
そんななか、リンさんは、どうしても命令に従うことができません。掘り出した水仙の球根を捨てるふりをして、人目につかない山奥の杉林にこっそりとかくしました。それが精いっぱいの抵抗だったのです。
サイパン島や硫黄島の日本軍が全滅して、沖縄本島にアメリカ軍が上陸し地上戦となりました。次は、この房総半島が「本土決戦」の場所になるといわれ、つぎつぎと陣地や特攻基地が作られていきました。敵の上陸にそなえて、女の人も子どもたちも竹やりをもって戦う訓練をしました。花のなくなっただんだん畑には、敵の標的になるようなニセ陣地も作られました。
● ふたたび花作りを
長く苦しかった戦争がようやく終わりました。季節がうつり冬になると、リンさんが球根をかくした山奥の杉林には、一面に水仙の花が咲きました。ここは土が深く、ふかふかとしたふとんのようだったので、球根が根をおろして生きのびることができたのです。リンさんのほかにも、食べ物といつわって種をナベに隠していた人もいました。のこらず絶えたと思われた球根や種は、花を愛する人びとによって守られ、ふたたび花作りがはじまりました。
リンさんの台帳には、「1947年1月25日、エリカ16束、小菊110本」という記録があります。戦後まもなく、まだ満足に食べられない人もいるというのに、花は毎日のように東京で売れていました。ある日、不思議に思った息子の武さんが市場の人にたずねてみると、
「それは、戦争で亡くなった人たちの慰霊に使っているのですよ」と言われました。
それから、武さんは「花作りは平和産業だ」と考えるようになったそうです。この話は田宮寅彦の小説『花』、映画『花物語』、郷土の音楽物語『花とふるさと』となり、多くの人に知られるようになりました。
「花は口で食べることはできないけれど、口で食べるものだけが食べ物ではないの。心で食べるものがなくなってしまったら、心は生きてゆけなくなってしまうのよ」
いつもリンさんが言っていたことばです。武さんは、花が作れなくなるような戦争は二度とあってはならないという願いをこめて、「花は心の食べ物です」と印刷したダンボール箱で、花を出荷するようになりました。今も、和田町をはじめ南房総では美しい花畑が広がり、多くの人の心をいやしています。
【参考文献】
・田宮虎彦『花』新潮社1964年
・石渡進『間宮七郎平と和田の花』和田小学校社会科研究部1983年
・望月新三郎『よみがえった水仙』岩崎書店1985年
・郷土の音楽物語『花とふるさと』千葉県うたごえ協議会1982年
・『うたごえ新聞』うたごえ新聞社1982年
・映画『花物語』大映1989年
・『和田町史』和田町1994年
・『農民』農民運動全国連合会2002年
・『第8回戦争遺跡保存全国シンポジウム館山大会』戦争遺跡保存全国ネットワーク2004年
地元千葉県の歴史研究者たちが、原始・古代の話から現代の話まで、56のエピソードでつづる房総千葉の歴史。写真や図版、イラストをふんだんに紹介されます。

編集:千葉県歴史教育者協議会
発行:岩崎書店
初版:2012.8.
価格:1,980円(税込)
対象:小学校高学年〜中学校
サイズ:B5判175頁
目次 ⇒ こちら。
▼(NPO法人安房文化遺産フォーラム担当分)
執筆:愛沢伸雄
・「房総の戦国大名里見氏」
・「ハングルがきざまれた石塔の謎」
・「安房の百姓一揆『万国騒動』」
執筆:池田恵美子
・「花の種をまもった人びと」
青木繁テーマ研究者が講座
房日新聞 2012年7月21日

洋画家。青木繁(1882〜1991)の作品「海の幸」(重要文化財)について学ぶ、館山市中央公民会の第3回ふるさと講座が、あす22日午後1時半から、同市コミュニティセンターで開催される。一般が対象で、定員は150人。参加者を募っている。無料。
同市の渚の駅たてやま渚の博物館で開催の巡回展「青木繁『海の幸』オマージュ展」の関連事業として開催する。講師は福岡大学人文学部教授の植野健造氏。植野氏は「海の幸」を収蔵する石橋美術館学芸員で25年間勤務。昨年は「没後100年 青木繁‐よみがえる神話と芸術展」を企画し、「青木繁《海の幸》」(中央公論美術出版)など、著書も多数。
テーマは「青木繁の生涯と芸術‐《海の幸》を中心に‐」青木は1882年(明治15年)福岡県久留米市に生まれ、画家を志して」上京。1904年(明治37)に東京美術学校(現東京芸術大学)を卒業すると、友人らとともに訪れた館山市の布良で、代表作となる作品「海の幸」を制作。
講座は海の幸を中心に、青木繁の生涯を紹介する。
問い合わせは、館山市中央公民館(23‐3111)へ。

小谷家保存する市民団体に助成金
(房日新聞2012.7.20付)
館山市の青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会にこのほど、日本興亜おもいやり倶楽部から、活動助成金として10万円が贈られた。
青木繁が滞在した同市布良の小谷家住宅前で贈呈式が行われ、保存する会の嶋田博信会長に手渡した。
同クラブは、日本興亜保険グループの役職員有志が会員。社会貢献活動として、毎月の給与から拠出した金額に日本興亜損保が同額を上乗せして贈っている。
2012年8月5日
~赤山地下壕・紙芝居「八犬伝」 & まちなかウォーク~
◆赤山地下壕ガイドサービス
館山市を代表する戦争遺跡です。だれが、いつ、
何のために、どうやって、掘ったのでしょうか。
これを、どんな風に使っていたのでしょうか。
戦争のとき、館山はどうだったのでしょう。
そのころの子どもたちは、どうしていたのでしょう。
終戦の日も近いので、みんなで平和を考えましょう。
*集合=9:30~11:30
*受付=豊津ホール(宮城バス停1分)
*入壕料=おとな200円・小中高100円
*ガイド料=無料サービス
◆紙芝居八犬伝&まちなかウォーク
*集合=14:30
*受付=銀座振興組合ビル休憩所(千葉銀行館山支店の向かい)
*参加費=おとな200円・小中高100円 *駐車場=中央公園(市立図書館となり)
*行程=紙芝居「里見八犬伝」~まちなかウォーク・歴史文化の再発見
~銀座ふれあいまつり ◎参加者にはオマケで金券200円のサービスがつきます。
◎紙芝居 『里見八犬伝』
安房をおさめた戦国大名・里見氏をモデルにして、伏姫と愛犬・八房と、8人のイケメン侍が登場する物語です。映画、歌舞伎、人形劇などで人気があり、ドラマではジャニーズの滝沢秀明が主演をつとめました。日本一長い小説ですが、15分でわかる紙芝居を楽しみましょう。
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◎北条まちなかウォーク
大正8(1919)年に鉄道が敷かれ、駅前ににぎやかな商店街がひらけました。東京の政治家や企業人、大学生などの保養地や水泳訓練の地として人気のまちでした。関東大震災や元禄地震の被害も大きく、階段状に隆起した痕跡や復興の歴史もみられます。図書館に近いサイカチの木は、津波のとき登った人が助かったという言い伝えがあり、いざという時に葉が食用・トゲが解毒剤・実が洗剤となるそうです。足もとを再発見しましょう!
.銀座ふれあいまつり
銀座商店街振興組合主催の納涼まつりで、自由参加です。八犬伝紙芝居・まちなかウォーク参加者には、金券200円のオマケがつきます。
*時間=16:00~20:30
*会場:太田整形外科の
知恵袋講座54回目
語り手=河辺智美さん
テーマ=安房からウガンダの交流・支援活動
参加費=200円(茶菓子・資料代)
愛沢授業実践をきっかけに旧安房南高校生から始まったウガンダ支援活動は、安房平和のための美術展など地域に根付いて20年になります。東洋大学国際地域学部4年の河辺さん(安房高出身)が、昨年ウガンダ研修で視察訪問した見聞報告をします。

画家の愛した漁村の風景をたずねて
青木繁《海の幸》と中村彝《海辺の村(白壁の家)》
自然体験活動〜トム・ソーヤースクール企画
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房総の海に惹かれた画家は館山を訪れ、素晴らしい作品を描いている。明治画壇に大きな足跡を残した2人の画家の目線から、きらきら輝く大海原を眺め、太平洋に開かれた小さな漁村を歩いてみよう。
■日時=2007年11月25日(日)9:00〜12:00
■集合=いこいの村たてやま